その強い思いは実際の運用態勢に現れている。そこで、この富岳を駆使して先端科学の最前線で活躍する研究者へのインタビューを掲載する。今回、お話を伺う牧野教授も前回の宮野教授と同様に、専門とする研究の傍ら、スパコンを自主開発できるほど、この分野に通じており、その力量を買われて富岳のコデザイン(共同設計)推進チームにも加わっていた(月刊『中央公論』2020年12月号から抜粋)。
壮大な天文実験を計算機の中で行う
─最初にご専門である「シミュレーション天文学」とは何か、簡単にご説明いただけますか。
一般に物理や化学、生物など自然科学を研究していく上で、理論と実験があるわけですね。つまり科学者が自分で考案した理論を、実験装置を使って検証するということです。
ところが天文学では、たとえば「星の生成」や「銀河の衝突」あるいは「宇宙の大規模構造」などを科学者が解明しようとすると、空間や時間のスケールが想像を絶するほど大き過ぎて実験ができません。
ですから、実験の代わりに数式を使って「星の生成」や「銀河の衝突」などのモデルを作り、これに従って計算機でシミュレーション(模擬実験)を行うのです。つまり、普通の地上ではできない天文実験を計算機の内部でやっていることになります。
─何か具体例を基に説明していただけませんか。
たとえば「宇宙の大規模構造」という一番大きなスケールで考えてみましょう。宇宙ができてから約一三八億年と言われています。それくらいのスケールで、宇宙にどういう構造があるのか、というのを知りたいわけです。
そこで主に計算すべきものは、普通の物質ではなくて「ダークマター」と呼ばれるものです。これはほぼ間違いなく「ある」とわかっているのですが、残念ながら観測されていないし、正体もわかっていない。ただ重力のみによって、その存在が確認されているという代物です。
宇宙の起源とされる「ビッグバン」が起きた時には、このダークマターがほぼ一様に存在していたと考えられます。それが徐々に重力の影響を受けて何らかの構造を作っていき、今の我々がいるような銀河や超銀河団、さらにその上位にある大規模構造などができ上がっていきました。
シミュレーション天文学では、こうしたダークマターなど宇宙を構成する物質を現在の最大規模の計算で、約一兆個の粒子で表現して、これらの粒子がどう運動しているかを数式でモデル化します。これを富岳のようなスパコンで計算することによって、銀河や超銀河団など大規模構造が宇宙のどういう場所に、いつ、どのように形成されるのかを模擬実験で求めていくのです。
─日頃のご研究では、どのようなコンピュータをお使いですか。
私の研究室では、以前は「京」を使っていましたが、今は「富岳」を使いこなそうとしているところです。その他に、プリファードネットワークスというベンチャー企業と共同で、AIの一種である深層学習用のコンピュータを開発したので、これを天文のシミュレーションにも応用しようと考えています。
これらがメインですが、その他では国立天文台に理論やシミュレーションのためのスパコンがありまして、それは我々も含め国内の天文学者はみな使っています。
─「京」ではできなかったけれども、「富岳」ではできるようになる問題や課題があれば教えてください。
「富岳」は「京」の約一〇〇倍の計算能力を有していますが、これを使えば銀河形成のプロセスをかなり忠実に再現できると思います。我々のいる銀河系には約一〇〇〇億個の星がありますが、これくらいのスケールのシミュレーションが富岳ではできるようになるわけです。
他方、欧州では今、銀河の観測が非常に進んでいて、「ガイア」という探査衛星で銀河系内の約一〇億個の星までの距離と動きを測定しています。それによって個々の星の運動から、その生成過程まで広範囲の情報が得られると期待されています。
富岳を使えば、それに比肩するような研究が可能になるはずです。一つひとつの星ができる過程を見ながら、我々の銀河系がどのように形成されてきたかというシミュレーションができる。これが我々の研究グループの「富岳」の主要ミッションの一つになっています。