なぜ経営者は現場をまわるのか
奇しくも今年は、日本を代表する大会社や有名企業が長年にわたって行ってきた不正や犯罪といったものが、一気に噴出した年でもあった。
たとえば、年の瀬に聞こえてきたダイハツの認証取得不正のニュースは、日本の基幹産業である自動車製造業、かつ生命に直結しかねないものだけに衝撃も大きく、その行末は世界から注目されている。
また中古車販売大手・ビッグモーターが行っていた一連の不正な保険金請求事件も、著者にとって興味深かった。なぜなら、こちらについては、どんな会社にも起こりうることと思えたからである。
各種報道によれば、ビッグモーターでは「環境整備点検」という名のもとに経営陣自ら各店舗をまわり、細かく点数をつけたとされる。その結果いかんで店長が異動や降格になるなど、厳しく現場を追いつめていったことが、不正を生み出す要因の一つになったようだ。
筆者自身、経営者として経験してきたが、会社をスタートして10人くらいまでは、サークル感覚で和気藹々としている。貧乏暇なしだけど楽しい仲間たち、という感じで運営することができる。
ところが20人、40人と増え、組織らしくなっていくうちに、ごく近しい人物を除いて社員の顔は見えなくなっていく。
たとえば組織が大きくなっていくと、中間管理職という存在がどうしても必要となる。しかし多くの中間管理職は、社長と現場の社員を遠ざけたがるものだ。「自分の管理について、愚痴を社長に告げ口されたりするんじゃないか」とか、また逆に「社長の無責任な言動から社員を守らなければ」とか、そこにはいろいろな理由があると思うが。
いずれにせよ、トップからは徐々に現場が見えなくなる。だからこそ、時折、直接社員の顔を見て声をかける、というのは、実は日本の大企業の社長に求められた「美徳」でもあった。
本田技研工業の創業者である本田宗一郎は「三現主義」を心掛けていたという。三現とは現場・現物・現実のことで、自ら工場にでかけていっては、現場の工員と作業をしたり、片付けを手伝ったり、「いつもありがとう」と声をかけた。それだけで多くの社員は感動し、もっと頑張ろうと思えただろう。
筆者が米Microsoftの仕事をしていた頃、上司にあたる人物が「BillGからメールが来た」と興奮気味に話していた。「BillG」とはビル・ゲイツのメールアドレスで、ゲイツはことあるごとに現場の担当責任者に直接メールを送り、「君のプロジェクトは重要だ。最近の進捗をちゃんと見ているぞ」とメッセージを送っていたのである。