本当の"戦後第一声"
小林のこの啖呵は、喧嘩上手な評論家の威嚇的な防御姿勢も目立つ。それにひきかえ、以下に引用する手紙は、小林のまったく鎧われていない肉声を感じさせる。こちらこそが「戦後第一声」と受け取りたくなるような。なお、文字起こしは基本的に展示での翻字に依り、空きを適宜入れて読みやすくした。判読不能箇所などは[ ]としてある。
「十七日付お手紙唯今拝見
大戦の大詔を拝して当日小生も心身忽ち爽快なるを覚え東京市中を闊歩した 今度も僕には全く同じ事が起りました どうしてた[だ]かわかりませぬ 僕は今希望と勇気とで一杯であります 様々な仕事の計画について思案してをります 何卒小生の言をそのまゝお信じ下さい 凡てはその様に簡単た[だ]ったのです
十七日には島木健作か[が]死にました 小生は枕頭にあつて様々な解釈を絶する死の単純さに今更の様に目を見張りました 生にも死の様に単純な何もの[ ]かゞある それを見付ける事が難かしい
君を煩悶させてゐる論理的或は心理的解釈につき
煩悩するものの根本的過誤は心が傷付いたと思ひこむ事だ 心といふものは傷なぞつくものでは元来ないのである。あらゆる傷は外傷である 手足の傷も心の傷も。どうかさういふ心を探し当てゝくれ 僕は君に説教などしてゐるのではないことを信じ給へ
折を見て遊びに来て下さい 宇野[千代]さんによろしく御伝へ下さい
僕は一つ季刊雑誌をやらうと考えへてゐます 自らこれは/\と驚く様なものを書き度いものです アメリカの飛行機が盛にとんでゐます 日本の飛行機と同じ音をたてゝゐます
秀雄
北原武夫様」(神奈川近代文学館所蔵)