権威と異端
この論は令和の現在にも通用するかどうか一考の価値はある。
例えば2023年度の歌舞伎の観客動員数は約132万人超、対する宝塚歌劇団の観客動員数は220万人である。単純に数字で比べると、宝塚の方が動員数は多い。もちろん、「のべ」であるから同じ演目を繰り返し観る熱いファンが多いということもあるだろうが、同性同士の恋愛に関する社会的認識は大きく変化し、ジェンダーの多様性に対する理解や注目も中山千夏が書いた1993年当時よりは格段に広がっているということは言える。
そもそも、歌舞伎が芸術として認められているのは重要無形文化財として権威付けされ、国からの助成があることが大きい。重要無形文化財の芸能を見てみると56の分類中、女性が行うものは「京舞」と「琉球舞踊」しかない(義太夫、講談など女性「も」行うものはあるが)。日本の芸能史において権威の場から女性が排除されてきた事実を裏づけるものである。
これは、女装者をマスメディアで見かけない日はないのに、男装者はほぼいないことも同じ理由だと思われる。芸能界やマスコミが(ひいては社会全体が)男性中心である間は変わらない。男装者はいまだに基本的に異端である。
といっても、瀧子なら権威などいらない、と笑うかもしれないが。
参考文献
中山千夏『タアキイー水の江瀧子伝ー』新潮社、1993年
水の江瀧子『人間の記録159 ひまわり婆っちゃま』日本図書センター、2004年
富谷松濤「水の江瀧子をめぐる同性の愛人」『話』文藝春秋社、1934年10月号
周東美材「水の江瀧子と石原裕次郎――『男であること』の捏造の系譜」『東京音楽大学研究紀要 41 』2018年3月
国指定文化財等データベース https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/categorylist?register_id=303
1970年、兵庫県芦屋市生まれ。エディトリアルデザイナーを経て、明治大正昭和期のカルチャーや教科書に載らない女性を研究、執筆。著書に『20世紀 破天荒セレブ:ありえないほど楽しい女の人生カタログ』(国書刊行会)、『明治大正昭和 不良少女伝:莫連女と少女ギャング団』(河出書房新社、ちくま文庫)、『戦前尖端語辞典』(左右社)、『問題の女 本荘幽蘭伝』(平凡社)、『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』(左右社)がある。最新刊は『あの人の調べ方ときどき書棚探訪: クリエイター20人に聞く情報収集・活用術』(笠間書院)。なお、2011年に『純粋個人雑誌 趣味と実益』を創刊、第七號まで既刊。また、唄のユニット「2525稼業」のメンバーとしてオリジナル曲のほか、明治大正昭和の俗謡や国内外の民謡などを演奏している。