平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 知的階級に「同性の愛」ブーム到来
第十回 知的階級に「同性の愛」ブーム到来
平山亜佐子

明治から戦前までの新聞や雑誌記事を史料として、『問題の女 本荘幽蘭伝』『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』など話題作を発表してきた平山亜佐子さんの、次なるテーマは「男装」。主に新聞で報じられた事件の主人公である男装者を紹介し、自分らしく生きた先人たちに光を当てる。
「エス」ブーム
明治から昭和初期にかけて新聞や雑誌に掲載された男装に関する記事を取り上げ、それぞれの事情や背景を想像する「断髪とパンツ」。
本連載はあくまで「男装」をテーマとしているが、「同性の愛」や「エス」ブームが与えた影響にも触れておく必要があるだろう。
1910年代から20年代、つまり明治40年代から昭和初期にかけておもに女学生たちを席巻したカルチャーとして「エス」がある。
「エス」はsisterの頭文字からとられた隠語で、女性同士(同級生、先輩後輩、先生と生徒、少女雑誌の投稿欄における擬似姉妹など)の親密な関係を指す。ほかに「オメ(お目)」「おでや」「オカチン」「アルファとオメガ」「バウ」「ハンドイン」「ご親友」「お熱」などさまざまな呼び名があり、語源にもそれぞれ諸説がある。
例えば「オメ」は、「二人の愛成ってお目出たい」説、「お目に縣ったが愛の緒〈いとぐち〉」説、「男女〈おめ〉」説などがある。「男女」とは、同性カップルの片方が男役であることを意味する。ただ、女学生たちのこの関係においてはシスターフッド(女性同士の連帯)がキーポイントで、必ずしも男女の恋愛モデルを導入したとも言えない。むしろ、男女の恋愛は肉体的交渉や結婚を想起させるために忌避していたふしさえある。という点を考えて、もっともしっくりくる表現だったのか、「エス」が定着していく。