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ネット発「動員の革命」は日本を変えるのか

津田大介(メディアジャーナリスト)× 茂木健一郎(脳科学者)

相転移が起きた

津田 facebook や twitter に代表されるSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)を取り巻く状況は、今年に入って随分変わりましたね。去年まではブームに過ぎなかったのが、チュニジア、エジプト、リビアでの民主化革命に使われたことで、捉えられ方が根本的に変わった気がします。
 さらに3・11の直後、電話もメールもつながらない状況の中で、twitterは落ちなかった。多くの人が家族や知人との連絡手段に使いました。また、その後の寄付活動や、原発事故に関して政府あるいはマスコミの流す情報を検証するにあたっても存在感を示した。こうして、それまでは他愛もない思考の断片をつなぐツールだった twitterが、情報インフラの一つとして捉えられるようになりました。
 利用者数を見ても、二〇一〇年一月の時点で twitter の利用者は三〇〇万人くらいでしたが、今や二〇〇〇万弱もの利用者がいます。インターネットユーザーの四、五人に一人が使うようになったわけです。

茂木 実は僕、たまたま仕事で革命直前のチュニジアを見てきたんです。独裁者であるベンアリ大統領の肖像画がいたるところに飾られていて、「この独裁者が没落することなんてありえない」と思いました。おそらくみんながそう感じていた。でもそれがたった一ヵ月でひっくり返りました。SNSの持つ力は、本当に凄まじいですね。
 SNSをあえて物理で喩えれば、水が氷になる、あるいは氷が水になるような、「相転移」を起こしうるものだと思うんです。だから、「とにかく今の世の中に革命を起こしたい」と考えている虐げられた人々にとってはとても強力な武器になる。一方で、権力を握っている政府や既得権益者、あるいはマスメディアにとっては、非常に恐ろしいものに見えるはずです。


「革命」のプロセスは禍々しい

茂木 「革命」と関連して、ぜひとも今日津田さんと掘り下げたいと思っていたのが、ネットにおける「炎上」(批判や非難のコメントが殺到すること)という現象です。僕自身も何度も炎上していますし、津田さんも炎上されているのを何度も目撃していますが、これは当事者になると思いのほか辛いですよね。
 でも、この「炎上」と「革命」は、基本的に同じものだと思うんです。「革命」が起きるとき、理念としては「自由を求めて」「民主主義を求めて」といった美しい言葉が掲げられますが、その原動力をよく分析してみると、何だか分からないものが混ざっている。
 八月に起きたロンドン暴動は、「目的やスローガンがない、非常にゲーム的な暴動だ」と捉えられました。でも、何かの状況をひっくり返すときの暴力性を伴う動きは、すべてそういうものだと思うんです。一部の人は目的をよく理解して、自分の行動原理を理論化しているのかもしれない。けれど、実際に動くほとんどの民衆は、よく分からない欲望やエネルギーに突き動かされてしまう。リビアの革命にしても、ロンドン暴動にしても、十月に起きたフジテレビに対する反韓流デモにしても、それは同じだと思うんです。
 近代革命の雛型とも言えるフランス革命について考えてみても、バスティーユ監獄を襲撃した民衆の中には、きっと愉快犯の人もいた。指導者の立場にあったロベスピエールにしても、もし彼に個人的な女性嫌悪癖がなければ、あんなにたくさんの女性をギロチンにかけることはなかったでしょう。
 そう考えると、革命というものは、純粋主義者では絶対に成功させられないものとも言えますね。さらに言い換えれば、「いい炎上」と「悪い炎上」があるわけではなくて、物事が動くときというのは、すべて禍々しいものだと思うんです。

津田 僕もそう思います。最近は「動員の革命」と呼んでいるんですけれど、SNSというものは、本来ならばつながることのなかった民衆をつなげてしまいます。とにかく人を集めることによって、良くも悪くも彼らの持つ情報や鬱憤を「拡張」させてしまう。この「人を集める」ということがSNSの起こした革命なのかなと思うんです。
 フジテレビの反韓流デモについては現場へ取材に行きました。フジテレビの偏向報道を正したいとピュアに考えている人も、ただ単純に嫌韓を主張したい人も、お祭り気分で来ている人もいた。でもとにかく五〇〇〇人が集まったことに注目すべきです。中東では、この「動員力」が政治まで変えてしまったわけです。もし日本でもこの五〇〇〇人が五万人になった瞬間に、相当なインパクトを持つことになる。しかもSNSの潜在能力を考えると、それはいつ起こってもおかしくないと思います。

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