「理想の家族」という固定費
さらにここで、子供という要因を加えてみよう。大企業正社員同士の夫婦に子供が生まれたとき、妻のキャリアはどのように変化するだろうか。育児休業を経て、旧職に復帰するケースもあるだろう。また、いまだ根強い女性の継続就労の困難さから退職を余儀なくされたとしても、大企業正社員としての経歴は再就職市場での評価を高めることになる。このように、出産前に高い収入を得ていた女性は出産後にも高い収入を得られる蓋然性は高い。
そして、比較的高い収入が期待できるからこそ乳幼児期にはベビーシッターサービス、学童期以降は習い事や塾などによって一定程度の育児をアウトソーシングできる。いざというときに育児を外注できるからこそ、フルタイムでの就業が可能になるわけだ。一方で夫婦ともに相対的に収入が低い世帯では、このような金銭によるアウトソーシングを利用しにくい。育児を人に頼めないからこそ、両親、多くの場合には妻はフルタイムで働くことが困難になり、結果として世帯間の所得格差はさらに拡大することになろう。また、中高年以降になると介護の負担をめぐっても同様の格差が生じ得る。
米国や欧州では、これらのプロセスを通じて同類婚による格差拡大が生じている。一方、日本ではいまだ男女間の給与・昇進面での格差や出産後女性の継続就労の困難などから、同類婚の格差拡大傾向は海外ほど顕著なものとはなっていない。つまりは、日本の後進性が格差拡大を防いでいるようなものであり、近い将来に世帯間格差は顕在化するであろう。
(『中央公論』2022年3月号より抜粋)
[参考文献]
●阿部彩(2021)「貧困の長期的動向:相対的貧困率から見えてくるもの」科学研究費助成事業「『貧困学』のフロンティアを構築する研究」報告書。
●打越文弥(2018)「夫婦世帯収入の変化からみる階層結合の帰結─夫婦の学歴組み合わせと妻の就労に着目して」『家族社会学研究』第30巻第1号、18~30頁。
●佐々木昇一(2019)「日本における学歴同類婚と妻の労働供給が家計所得の変動に与える影響に関する実証分析」『生活経済学研究』第50巻、19~34頁。
1975年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専門はマクロ経済学、経済政策。内閣府規制改革推進会議委員などを務める。『マクロ経済学の核心』『経済学講義』『日本史に学ぶマネーの論理』など著書多数。