社会性よりも著者のリアルな生活を
──このシリーズの著者たちは、辛い仕事をしていても、政治や社会が悪いとは言わないですよね。
そこは編集する際に意識しています。もちろん労働環境は改善していかないといけないし、労働問題の背景には社会や政府が悪い面もある。けれども、それを前面に打ち出すと読者の間口を狭めてしまい、メッセージが多くの人に届かなくなってしまうと思うんです。
「社会を変えなきゃいけないと思っている人」が「同じように考えている人」たちに向けて書くと、狭い輪の中で完結し、その中だけで消費されてしまう。
むしろ、一人でも多くの人に読んでもらって、本の中では直接言ってなくても、何かを感じ取ってもらうことのほうが重要だと思っています。
コンビニを例にしますと、「コンビニオーナーになってはいけない」といった感じで、弁護士と一緒に告発しているような本とかありますよね。でも、「ここが駄目だ!」「こういうふうに改善しろ!」とシュプレヒコールを上げられると、生活から乖離して「運動」の話になるので、読者が引いてしまう。
それよりも「コンビニ店長とはこういう仕事で、面白いこともあればつまらないこともあるし、苦労もある」という物語として本にしたほうが広がりが出ると思うんです。
──本作りで他に気をつかっていることはありますか?
読者に著者のことを好きになってもらいたいというのが編集方針としてあります。でも、読者は本でしか著者に出会わないのに、その人生は1冊にはまとめられないじゃないですか。だから、何か一つの感情が本の中で突出していると、著者に変な色が付いてしまって、「この人は、駄目な人なんじゃないか」と思われてしまう。
たとえば本の中で何度も怒っていると、読者にとってその著者は「怒ってばっかりの人」になる。そうした場合は、著者に「○○さんのことを読者にちゃんとわかってもらうためです」と話して、本当に怒るしかない場面だけを残してもらう。そういう編集の工夫をしていますね。
『交通誘導員』を作るとき、著者に「いい話も入れたい」とリクエストしました。そうしたら「ないです」と返ってきまして。それで「周りの人にも聞いてみてください。辛い話ばかりでは、読むほうもきついから」とお願いしたら、「仲間にも聞いてみたけど、なかったよ」って。(笑)
でも2作目以降は、そうした逸話を著者から引っ張り出して、書いてもらっています。きつい仕事についての本ですが、喜びもあれば悲しみもあるものとして、著者の生活が綴られるようにしたいんです。
(続きは『中央公論』2022年10月号で)
1976年東京都生まれ。中央大学卒業。2000年に三五館に入社。編集者として働いたのち、17年に三五館シンシャを設立。
【聞き手】
◆urbansea〔あーばんしー〕
1973年生まれ。ノンフィクション愛好家。会社員。『特選小説』や文春オンラインなどで書籍や雑誌に関する記事を執筆。