「教養」の変質や加速社会は、日本だけの現象ではない。『ニック・ランドと新反動主義』などの著作もある文筆家の木澤佐登志氏が、新自由主義に飲み込まれ疲弊する欧米の若者の姿や問題提起を通して、ファスト文化と現代資本主義の問題点について考察する。
(『中央公論』2023年1月号より抜粋)
(『中央公論』2023年1月号より抜粋)
おれたちは時間に宙吊りにされている。
――スティーヴン・キング『死のロングウォーク』
立ち止まることは許されない
現代ホラーの巨匠スティーヴン・キングの小説に『死のロングウォーク』というのがある。キングがリチャード・バックマンのペンネームで発表した初期作品のうちのひとつで、近未来のアメリカを舞台にしたディストピア小説である。そこでキングが描き出した世界観は読む者をぞっとさせるものだ。全国から選び出された100人の少年たちが、ひたすら南に向かって歩き続ける「ロングウォーク」という国家主導の競技に参加している。だが、このレースにあらかじめ定められたゴールは存在しない。歩行速度が落ち、3回以上警告を受けた者はその場で射殺され、それが最後の一人になるまで続くのだ。優勝者は欲しいものすべてを手に入れることができる。1979年に出版された『死のロングウォーク』は、のちに映画化もされ社会現象を起こした高見広春著『バトル・ロワイアル』にも多大な影響を与えている。そう、『死のロングウォーク』は現在におけるデスゲーム系の元祖とも呼べるような作品なのである。
「ロングウォーク」に参加する者たちは、無限に続くかのように延びる道路を、昼もなく夜もなく、ただひたすら歩き続ける。立ち止まることは許されない。立ち止まることは、レースからの脱落、すなわち「死」を意味するからだ。