木澤佐登志 加速する社会に抗うために
薬物で加速する
現代の若者は「ロングウォークの時代」をどのようにして生き抜いているのだろうか。ひとつの答えは「クスリ」である。Netflixで配信されているドキュメンタリー『テイク・ユア・ピル:スマートドラッグの真実』には、ADHD(注意欠如・多動症)薬のアデロール(アンフェタミン)を処方箋に従わないやり方で常用しているアメリカの大学生たちが登場する。授業、バイト、遊び、デート、宿題、試験勉強......。ほとんどの大学生にとって、1日は24時間では足りない。アデロールを服用すると、眠気が吹っ飛び、覚醒感が得られ、集中力が増す。学生たちは、過酷な試験勉強を徹夜して乗り越えるために、友達から譲ってもらったりSNSを通じて手に入れたりしたアデロールを服用して作業効率(タイムパフォーマンス)を上げるのだ。アデロールとインスタグラムさえあれば、完璧な学生になることができる。
学力競争を終えても、すぐさま別の競争がはじまる。サンフランシスコのソフトウェアエンジニアは、アデロールを服用して深夜1時まで働き続ける。この競争に終わりはない。少なくとも定年までは。
近年、テクノロジーの進歩とともに、私たちはますます時間を奪われつつある。携帯電話とインターネットの登場は自宅を仕事場に変えた。常時接続の時代、どこにいても仕事の電話とLINEの通知が飛んでくる。さらにコロナ禍によるリモートワークがこの趨勢を後押しした。ビジネスパーソンも今では自宅にいながらZoomを通じて会議を行っている。自宅が余暇と休息の空間であるという認識はすでに過去のものとなった。
ジョナサン・クレーリーは著書『24/7:眠らない社会』のなかで、現代社会における過剰なコミュニケーション・ツール依存に対して警鐘を鳴らしている。24時間営業が常態化し、電子メディアが仕事と余暇の区別を曖昧にし、常に通知への応答を迅速に求められるようになったストレスフルな現代、周期的な体内リズムが壊れてしまった私たちは恒常的な「不眠」状態に置かれている。グーグルやツイッターは、不断に情報や広告をフィードに流し込むことで、青白く発光するスクリーンを見つめながらスクロールし続ける私たちを誘惑して離さない。このようにして、仕事と消費が日常生活を侵食していく。眠りとは安寧をもたらすものであったはずだ。だがもはや、そうした安寧は、生活に侵入して私たちをくまなく取り囲むデバイス群によって脅かされつつある。
実際、現代人は過去の人々より眠らなくなってきている。20世紀初頭の北米の成人の平均睡眠時間は10時間だったが、今ではおおよそ6時間ないし6時間半にまで減っているという。
(続きは『中央公論』2023年1月号で)
1988年東京都生まれ。思想やカルチャーについての執筆をさまざまな媒体で行っている。著書に『ダークウェブ・アンダーグラウンド—社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』『ニック・ランドと新反動主義—現代世界を覆う〈ダーク〉な思想』『失われた未来を求めて』などがある。