サラリーマンの一つの到達点
小説の舞台を「湾岸のタワマン」にし、主要な登場人物に地方出身のアラフォーの夫婦を据えたのは意図的なものです。彼らの暮らしは、多くの人が想像できる東京のサラリーマンの、一つの到達点なのです。
また、彼らが「湾岸のタワマン」を選ぶのには十分な理由があります。
データではなく、あくまで私の聞き取り取材から得た感覚ですが、「湾岸のタワマン」の住民のボリュームゾーンは、地方出身のアラフォーの共働き夫婦、もしくは大企業勤めの夫と専業主婦です。世帯年収で1000万円から2000万円の間でしょうか。
つまり地方から東京に出てきて「いい大学」に入り、卒業後に「いい会社」に入社した人たち、勉強を頑張った結果として平均より高い年収を稼ぐようになった昭和・平成的価値観の〝勝ち組〟で10年前の「湾岸のタワマン」の平均価格6000万~7000万円に手が届く層です。
ただ彼らには、よりハイクラスな住宅地、例えば(渋谷区)広尾の低層マンションの購入は無理。それを手に入れられるのは、ベンチャーを起こして成功するとか、超高収入の外資系企業に在籍している層です。日本の企業のサラリーマンに見える世界ではありません。
またこれは東京出身の友人に聞いた話ですが、同じような年収のサラリーマンでも、東京、特に世田谷区・杉並区といった城西地区に実家がある人は、「湾岸のタワマン」は購入の選択肢に入れにくいそうです。
理由は、どんなに夜景がきれいで建物が近代的でも「埋め立て地だから住むところじゃない」という偏見を持っている人が少なくないから。実家の親世代もそういう考えなので、住居を購入する際に親から資金援助を受ける立場では、親の言うことを聞かざるをえない。
逆に地方出身者なら、東京の地域に偏見やこだわりはない、あるいはそれも理解したうえで、「でも湾岸は便利じゃん」と考えます。実際に勝どきや豊洲は、東京や有楽町まで公共交通機関で20分程度、銀座までタクシーで5~10分ぐらいと、交通の便が抜群にいい。共働きで子どものいる夫婦にとってはありがたい、職住接近を可能にする場所です。会社の終業時間が18時で、帰宅するのに1時間もかかる場所では、保育園で子どもをピックアップするのもしんどいですから。
これが、(世田谷区)成城の実家に自分の親が住んでいるなら、職場から少々遠い小田急沿線のマンションを購入しても、子どもの送迎などのサポートを受けられるというメリットがありますが、地方出身者にはそれも期待できません。