新書大賞2021 大賞受賞・斎藤幸平先生 講演動画を公開中!

小林雅一 スパコン富岳は飛沫シミュレーションしか能がない!?【著者に聞く】

小林雅一
『「スパコン富岳」後の日本』 小林雅一/中公新書ラクレ

─「富岳」は昨年、国産スーパーコンピュータで約一〇年ぶりとなる、世界ランキング一位に輝きました。新型コロナ感染症対策でも期待されていますが、「飛沫シミュレーションばかりだ」という批判の声も聞こえてきます。

 コロナの特効薬を富岳で開発して、日本がパンデミックを収束させる─そんな目ざましい成果を期待しているのに、テレビや新聞の富岳関連ニュースは、マスクを二枚したら飛沫はどうなるかといったニュースばかり。国費を中心に一三〇〇億円を投じただけに、批判は国民の正直な反応だと思います。

 では富岳が役に立たないのかというと、そんなことはない。本書は科学の最前線でスパコンを使ってどんな研究がなされているのか、普段はなかなか表に出てこない実態を伝えました。

─開発責任者をはじめ七人のキーパーソンにインタビューをしていますね。

 理化学研究所と富士通の二人の開発責任者は、取り上げてしかるべきです。他には理論、実験と並ぶ科学の第三の柱「シミュレーション」から創薬の奥野恭史氏、ゲノム医療の宮野悟氏、天文学の牧野淳一郎氏。日常とかけ離れた研究だと思われるかもしれませんが、概要を簡潔にまとめながら紹介しました。奥野氏はコロナ治療薬の特定で成果をあげていますが、研究以外の製薬会社などの「壁」が見えてきました。宮野氏と牧野氏は、スパコンのエキスパートとしての意見も貴重でした。

 また、本書のサブタイトルでもある「科学技術立国は復活できるか」という問題意識から、日本の産業界のホープであるPreferred Networksを取り上げました。さらに、日本の実力を米国、中国と客観的に比較できる専門家として、スパコンランキングの創始者、ジャック・ドンガラ氏を取材し、富岳の実用的な「使いやすさ」が米中を圧倒しているという評価をもらいました。

─インタビューで最も印象に残ったことは何ですか。

 人間味のあるところですね。私は新卒で一九八七年に東芝に入社し、配属された部署では「第五世代コンピュータ計画」という国策プロジェクトに人員を派遣していました。私の上司がよく通商産業省(当時)の役人と電話で怒鳴り合う程、真剣勝負でした。こうして日本は「電子立国」になったのです。それと同様に、今回の富岳プロジェクトでも「あいつがいなければ、どんなに気持ちよく仕事ができるか。目に入ったゴミみたいだ」と陰口を叩かれながらも開発にあたる科学者や、シミュレーションと実験の結果が異なる時、「間違っているのはお前の方だ」と喧嘩をする科学者がいるなど、熱い現場でした。

─富岳を武器にすれば、日本は米中に伍していけますか。

 中国はアメリカから貿易を制限された途端、自力で作ったスパコンで世界一になった(二〇一三~一七年)。成長のスピードが速く、スケールが大きい。だからこそ、アメリカの対中姿勢は、かつて日米半導体協定などで日本を抑え込んだ時以上に強硬です。早ければ二〇二〇年代にアメリカ経済を追い抜くそうですが、市場経済と共産主義イデオロギーの矛盾が弱点になるかもしれず、先を見通すのは難しい。

 富岳に話を戻すと、単に計算が速いマシーンというだけでなく、AIの処理能力に優れています。AIはもちろん産業界を牽引していく技術ですが、その性能を上げるために、スパコンが大きな役割を果たす時代になったのです。AIで後れを取った日本が、富岳の登場で変わっていけるか注目です。

 目を世界に転じると、GAFAがAIに特化したプロセッサ製造に乗り出しており、ソフトからハードの時代が到来しています。これは日本の得意分野でしょう。両者の動きがオーバーラップするところに、日本復活の可能性がある。諦めるには早すぎます。

 ただ、そのためには投資を集められるような、世界的ブームを巻き起こしていけるプレゼンテーション能力など、技術力以外の力も重要になってきます。総合的かつ戦略的に進めていかなくてはなりませんね。

 

(『中央公論』2021年6月号より)

小林雅一
〔こばやしまさかず〕
1963年群馬県生まれ。KDDI総合研究所リサーチフェロー。情報セキュリティ大学院大学客員准教授。東京大学理学部物理学科卒業。同大学大学院理学系研究科修了。雑誌記者などを経て米ボストン大学に留学、マスコミ論を専攻。ニューヨークの新聞社、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などを経て現職。『AIの衝撃』『ゲノム編集とは何か』など著書多数。