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探検家、文化人類学者に会いに行く

なぜ人は極北を目指すのか?~イヌイットの生活と歴史
岸上伸啓(国立民族博物館教授)×角幡唯介(作家・探検家)

なぜ人は極北を目指したのか

角幡ところでイヌイットはいつからグリーンランドで生活しているのでしょうか。イヌイットについての研究も更新されていると聞きました。

岸上今ある考古学の説では、この地の文化には、大きな転機が三回あったとされています。まずは紀元前二四〇〇年頃のサッカック文化、次に紀元前四〇〇年頃のドーセット文化、そして紀元一二〇〇年頃のチューレ文化です。使われていた道具が、それぞれの文化で異なっているのですが、従来の研究では、既存グループが進化して新たな文化を築いたのだと考えられてきました。しかし、最近のDNA解析により、それぞれのグループに血のつながりがないことがわかったのです。気候変動によって人々が移動して、それによって既存グループが押し出された。今はそう考えられています。

角幡チューレ文化の人たちは、ロシアからベーリング海を渡って移動してきたと言われていますが、それを裏付ける証拠はないのでしょうか。

岸上残念ながらありません。今、人類学者や考古学者の間では、チューレの人々は気候変動によって生息域が変わった北極クジラを追いかけて移動してきたという仮説が有力です。そしてチューレの人々と、既存のドーセット文化の人々が争った形跡もない。混血化した形跡が一ヵ所だけあるのですが、それ以外は見当たらず、同化もしていないと思われます。だから血のつながりも文化も、くっきりと断絶しているのです。
 ただ、紀元一〇〇〇年前後にアラスカ沿岸の人々が、東はグリーンランド、西はシベリアまで行き着き、新しいチューレ文化が広域に築かれたことは確かです。しかし、その後に寒冷期がやってきてクジラが獲れなくなります。そこで、その地域ごとに獲れる動物、例えばセイウチやカリブーや北極イワナ、また地域特性に依存して文化の多様化が起こりました。
 イヌイットの、犬橇を駆り、雪上にテントを張り、移動するという生活様式は、起源が古いものと思われがちですが、実は紀元一六〇〇年頃に確立したものです。クジラ漁をしていた頃は定住していて、結構贅沢な生活だったこともわかっています。

角幡不思議なのは、なぜ人間は環境の厳しい極北を目指したのかということです。以前、山極壽一さんと対談した時、山極さんは極寒地のメリットとして、大型動物がいること、食べ物が腐敗しにくいことを挙げていました。その通りだと思います。でも、熱帯地域のほうが動物は小さくても数が多いし、極寒はただそれだけで死にもつながるので、そこまで無理して極北を目指さなくてもよかったのではないかとも思うのです。

岸上寒冷地に行くほど動物の個体が大きくなって資源量が豊かになり、捕食の効率が良くなるので、それが人類を極北に向かわせたとは考えられます。一方で、寒さのリスクをなぜ受け入れたのかは、わからないところもある。やはり人類として生き残るには、寒冷に耐える技術も、一定程度の人数も必要です。考古学の研究によると、二万年前には人類はシベリアの極北圏まで到達しているので、この頃に防寒の技術や社会組織が形成されたのだと推測されます。ちなみにイヌイットが現れたのは四五〇〇年前なので、実はシベリアから来た中では最終グループなのです。

角幡カナダ北東部のバフィン島に「ケッタッハー」というシャーマンがいたのをご存じですか? 一八五〇年頃に霊からの啓示を受け、「約束の地がある」とグループを募って北に向かった人です。そして一〇年以上かけて辿り着いたのがシオラパルク近くのエタという集落です。当時、シオラパルクを含むグリーンランド西部には地域全体で一五〇人くらいしか住民がおらず、滅亡寸前だった。犬橇を作る技術はあったけれど、カヤックや弓矢を作る技術は失われていた。カリブーを狩る時は、なんと石を投げていたというから、かなり原始的です。それがケッタッハーの一団が来たことによって、技術が再導入されて復活する。だから実際に、シオラパルクの人たちはカナダのポンド・インレットの人たちと親戚で、今でも電話で連絡を取り合うそうです。

岸上ええ、私が調査を始めた八〇年代には、この二つの地域の人たちは行き来していましたね。スミス海峡もしっかり凍っていたので、シロクマ猟も一緒にしていました。

角幡『一万年の旅路』というネイティヴ・アメリカンの口承史がありますが、これにもシャーマンの女性が一団を引き連れていく話がある。このように、シャーマニズムが機能していた社会では啓示を受けて人間が移動することがあったのではないでしょうか。土地に対する純粋な好奇心によって、冒険に飛び出してしまう。人間には、飛び出さずにはいられない精神があると思うのです。

岸上有力な説明かもしれません。人間は元々保守的で、ある場所で食料が調達できれば、よほどのことがない限り移動はしません。なのに、より環境が厳しい極北を目指した。これに合理的な説明はつけがたく、それこそ啓示という理屈は成り立つのかもしれない。でも、学者が移動の理由を考える時、グループ間の争いがあったとか、土地の人口が増えて食料供給が追い付かなくなったという説に固執しがちです。なぜかというと、集団移動だからです。少数の人間ならば、過酷な地への移動を啓示や好奇心で説得できるかもしれませんが、一族郎党、女性や子供も引き連れて動くには、相当な理由がなければ難しいはずです。  ちなみに「約束の地」という発想は、キリスト教の影響です。同じようなことがアラスカでも起きていますし、年代的にもありえます。

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