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探検家、文化人類学者に会いに行く

なぜ人は極北を目指すのか?~イヌイットの生活と歴史
岸上伸啓(国立民族博物館教授)×角幡唯介(作家・探検家)

誇り高いイヌイット

角幡シオラパルクの人たちは、自らがイヌイットであることに強い誇りを持っています。カナダのイヌイットは近代化と都市化が進んでいますが、イヌイットとしてのアイデンティティは強いのでしょうか。

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岸上強いですね。カナダのイヌイットは、全体の二五%がトロントやモントリオールといった都市に移住してきましたが、人口増加率が高いので、元々のイヌイットの居住区も廃れるどころか、人口が増えている。日本のように過疎化で悩むようなことはまったくないのです。ただ、近代化は進んでいて、先にお話ししたように貨幣経済が進んだことによって、伝統文化の維持が難しくなってはいます。
 イヌイット全体の気質として、自律性の高さが挙げられるでしょう。人に口出ししたりしないし、一方で、口出しをされたくもない。

人口の増加に伴い拡大するケベック州アクリヴィク村。2016年撮影(写真提供◎岸上伸啓)

角幡非常にプライドが高いですね。僕がシオラパルクで橇の道具をいじっていると、よく若い子に「ナッアーン(そうじゃない)」と否定されました。今日は天気がいいねと言えば、風がちょっと吹いているから天気は悪いと、これまた否定。なんでもかんでも否定するので、頭にくる(笑)。つまり、俺たちはイヌイットだから何でもできるが、お前たちカッドゥナー(外国人)は何もできないと。でも、確かに発想の柔軟さは強く感じます。そこらへんに落ちている金属片を使って銃を直したり、使えるものは何でも使って生きている。

岸上レヴィ=ストロースが言う「ブリコラージュ」ですね。素材を寄せ集めて繕う。人類は元々そういう能力を持っているのだけれど、近代化する過程でその能力をなくしてしまってもいる。私も昔、イヌイットが壊れた機械をジーッと見て考え、直してしまったのには驚きました。氷の大地で、物事を柔軟に考えられないと生き残れなかったのでしょう。その能力が今も息づいている。

角幡イヌイットは体力よりも、思考の柔軟さに重きを置いています。「ニヨカヨッポ」つまり「お前は頭が悪い」、頭を使えとよく言われました。

岸上一方で、若い人は犬橇をやらないでしょう。角幡さんについてはどのような評価だったのですか。

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角幡毎年のように長い旅をしているので、そこは認めてくれているのを感じます。若い人は、犬橇も狩りも上手だけど、近場でしか乗らないので、僕が一ヵ月かけてフンボルト氷河まで行ってきたと知ると、「ナウマット(よくやった)」とほめられました。よくバカにされるけれど、本気で活動しているので、それは伝わっていると思います。

10頭の犬と、自作の犬橇(写真提供◎角幡唯介)

岸上カナダにいるイヌイットは、猟はスノーモービルとライフルを使って行うし、六〇年代以降はほぼ全員がキリスト教を信仰するようになり、近代化と西洋化がかなり進んでいると言えます。しかし、イヌイットとしての確固としたアイデンティティもある。例えば動物観ですが、彼らは人間も動物も同じ霊魂を持っていると考え、動物を獲ったら、その霊魂を厚くもてなし、動物の主の国に送り出します。そうすることで、また動物がやってくるという循環の思想があるのです。キリスト教が浸透しても、端々にこういった土着信仰が残っていて、イヌイットの精神と、近代化や西洋化とが、矛盾せずに共存しているのです。

角幡先住民の神話では、動物がよく擬人化されて登場しますが、それこそまさに、人間と動物が同じレベルに生きていることを表している例と言えるかもしれません。
 狩りをして旅をすると、動物を撃った後はどうしても罪悪感が残ります。自分はこの動物を殺してまで生きる権利があるのかという自省が生まれる。その要因の一つは、目にあるような気がします。例えばジャコウウシが撃たれて絶命すると、その瞬間に瞳孔がカッと開いて黒目の焦点がずれる。その時スーッと魂が抜け、生から死へと移行したことを感じるのです。もう一つは群れの仲間の反応です。ジャコウウシがどれくらい賢いのかわからないけれど、一頭が撃たれ死んだことを、仲間たちは明らかに認識している。だからそれほど高等な知能を持つ動物を殺していいのか、とも考えてしまう。
 自分が狩りをして感じたのは、動物の擬人化は、この罪悪感に由来するのだろうということです。要するに狩りをすると、自分の殺しを、殺された動物の目で見る、そういう視点の転移が起きる。動物を自分と同じ地平で捉えるようになるわけです。

岸上イヌイットは農業も牧畜もできない地域で、狩猟をしながら何千年と生きてきました。それゆえに動物の命をいただいて生きているという意識は強い。動物の生命に対しても敬意を払っているのだと思います。

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