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探検家、文化人類学者に会いに行く

なぜ人は極北を目指すのか?~イヌイットの生活と歴史
岸上伸啓(国立民族博物館教授)×角幡唯介(作家・探検家)
近年はグリーンランドのシオラパルクで犬橇を使っての探検活動を行う角幡唯介さん。角幡さんは、シオラパルクのイヌイットのような「狩猟者の視点を突き詰めたい」と語る。
今回はカナダ・イヌイットの社会変化を研究してきた文化人類学者の岸上伸啓さんと、イヌイットの生活、歴史について対談。なぜ人間は環境の厳しい極北の地を目指したのか?
(月刊『中央公論』2019年10月号掲載)

イヌイットにも近代化の波が

岸上角幡さんはいろいろな探検活動をされてきましたが、最近はグリーンランド(デンマーク領)のシオラパルクを拠点に活動なさっているそうですね。極夜を探検したり、今は犬橇をやっているとか。

角幡はい、シオラパルクに通い始めて五年になります。北極圏での探検、中でも極夜での活動に興味を惹かれて、今までは自ら橇を引いていたのですが、犬橇だったらもっと狩りができて、活動範囲がさらに広がるように感じたのです。そこで、今年の一月から本格的に犬橇を始めました。橇も自分で作り、犬の調教も自らやっています。すべての工程に自ら関わることで、人間が移動することの意味や、狩猟という行為を理解できるのではないかと考えているのです。だから、イヌイットを研究してきた岸上さんにはいろいろとお聞きしたいと思っていました。

カナダ・グリーンランド周辺地図

岸上それは光栄です。私はカナダやアラスカのイヌイットを文化人類学の観点から研究してきましたが、カナダのイヌイットは、私が調査を始めた一九八四年時点で既に犬橇をほとんど使っていませんでした。その要因は、六〇年代からスノーモービルが使われ始めたことと、犬が伝染病で一気に数を減らしてしまったことです。今、犬橇をやるとすれば、それは観光客向けかドッグレースのためです。一方、グリーンランドではまだ犬橇が使われているようですね。特にシオラパルクは、今もイヌイット文化が色濃く残った数少ない場所です。

角幡最近ではスノーモービルも見かけるようになりましたが、今も基本的には犬橇が現役です。シオラパルクは人口が三〇人くらいの小さな村で、隣にカナックという人口約六四〇人の少し大きな村があります。この一帯の狩猟組合では、スノーモービルを使うと音で動物が逃げてしまったり、ガソリンが必要だったりするので、狩りは犬橇で行うと決めているようです。とはいえ、今では長期の旅ができるのは五十代以上の年長者だけですね。若い人も犬橇を扱えますが、近場の狩りでしか使いません。昔はシオラパルクのイヌイットが、シロクマ猟のため、冬に凍結したスミス海峡を越えてカナダ側にも渡っていたそうですが、今は国境警備が厳しいので行きません。そもそもシロクマ猟自体に規制が入り、今は村で年間八頭しか獲ることが許されていない。だから遠征するうまみがないのです。
 シロクマの毛皮は、彼らの重要な現金収入になったのですが、今はオヒョウ、日本の回転寿司でもエンガワとして食べられている大きな鰈ですね。そのオヒョウ漁がここ五年くらいで随分儲かるようになって、みんな夢中になってやっています。

トナカイの一種、カリブー猟でもスノーモービルが活躍。1990年撮影(写真提供◎岸上伸啓)

岸上グリーンランドとカナダでは、イヌイットが商売をできるか否かに大きな違いがあります。グリーンランドではイヌイットが獲物の肉や魚を売買していますが、カナダでは法的な制約があり、イヌイットによる商業漁業や獲物の売買はほとんど行われていません。一方で、毛皮の販売は例外的に認められている。ところが、ワシントン条約で、ホッキョクグマにも制約がかかったので毛皮の売り先がありません。今、残っている可能性はアザラシの毛皮を中国に売ることぐらいでしょうか。
 グリーンランドのイヌイットは現金収入を得る術があるので、それがイヌイット文化を守り、自立した生活を行う上で大きなポイントになっていると思います。

角幡シオラパルクのイヌイットは自分たちのアイデンティティを強く持っていますね。若い人はスノーモービルや近代的な道具を柔軟に使っていますが、それでも多くの人がスノーモービルよりも犬橇のほうが優れていると思っています。例えば、犬橇は故障しないとか、不安定な氷も乗り越えられるとか、僕も随分犬橇の良さを説かれました(笑)。でも、隣村のカナックに行くと、オヒョウ漁で儲けた人がスノーモービルを使い、活動範囲をさらに広げているようです。

岸上私はカナダのハドソン湾沿岸のイヌイットを調査してきたのですが、二〇年前までは厳冬期にはカリブー(野生トナカイ)の毛皮の上下を着て、アザラシ皮で作った手袋、靴を履いて狩りをしていました。けれど、今着ているのは市販の製品です。服装も随分変わりました。

角幡カナダといえば、僕は二〇一一年に冒険家の荻田泰永君とカナダのレゾリュートからベイカーレイクまで踏破したことがあるのですが、あまりイヌイット文化は感じませんでしたね。だからこそシオラパルクに魅せられたところもあるのですが。シオラパルクの狩猟用ズボンは今もシロクマ製で、緯度の高いこの地では、やはり毛皮が暖かく、使い勝手がいいようです。ミトンもボクシンググローブのように湾曲して作られているので非常に使いやすい。伝統に錬磨された道具の良さを感じます。

岸上現代において、イヌイットが自らの文化を保ちながら生きていくのは、結構難しいものがあります。かつては日常生活の延長で、狩りをして毛皮を売ることができたけれど、最近は新たにイヌイットアートを制作したり、賃金労働に従事してお金を稼いでいます。あとは国から先住民に交付される補助金。狩猟をするためには、ガソリンや網やテントを買うためのお金が必要ですから、たくさん稼げるイヌイットほど、いわゆる「伝統的な」生活を続けることができるのです。

角幡余裕がないと伝統生活も守れないとは、皮肉なものです。

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