政治・経済
国際
社会
科学
歴史
文化
ライフ
連載
中公新書
新書ラクレ
新書大賞

「部落問題」を描いた3時間半のドキュメンタリー映画が観客15000人を動員した理由

「私のはなし 部落のはなし」の裏ばなし
朝山実(ルポライター)
左から大島新プロデューサー、満若勇咲監督、木下繁貴・東風代表 写真撮影(c)朝山実
2022年キネマ旬報ベスト・テン文化映画第一位に選ばれた『私のはなし 部落のはなし』(満若勇咲監督)は「部落問題」をテーマとする、当事者を含め多様な世代が語り合うかつてないドキュメンタリーだ。
3時間半を超える長編であるにもかかわらず、ドキュメンタリーの世界でヒットとされる観客動員1万5000人を突破。リバイバル上映も行われてきた。
先日発売となった満若監督の著書『「私のはなし 部落のはなし」の話』(中央公論新社刊)では、学生時代に食肉センターで働く人たちを撮った前作『にくのひと』が劇場公開直前に取り止めになったことにも言及しながら、本作を撮るにいたった経緯、就職活動をせず監督になるまでのことなども真摯に綴っている。
同書に収録されている、満若勇咲監督、大島新プロデューサー、配給会社「東風」代表・木下繁貴氏の鼎談をダイジェストで掲載する。(司会・構成=朝山実)

大島新がプロデュース参加を決めた理由

木下 これまでドキュメンタリーで部落問題を描くとしたら、ひとりの人、あるいは一定の人たちを追うという作り方が一般的だったと思うんです。それに対して今回の作品は「対話」を描こうとしている。対話から浮かびあがらせようとする手法が新鮮でした。
ですが、逆に宣伝する側になってみると、この作品を言葉で説明しようとするのはとても難しいんですよね。何組かの被差別部落にかかわる人たちの対話を描いたドキュメンタリーです、と言われてもピンとこないでしょうし。

――プロデューサーとして、大島さんはどのように関わられたのですか?

大島 僕のプロデュースワークの基本は、自分が監督をした際にやられて嫌だったことは、しない。それはまず大事にしたい。
私自身は過度な干渉はされたくない。だから現場に干渉はしないでおこうと心掛けています。何か言うのであれば、決定的に意味のあることを言う。それができないのであれば何も言わないでおこうというスタンスなんですね。それがまず一つ。
あとは、会ってみて満若くんに魅力を感じたのと、カメラマンの辻智彦さんの存在も大きかった。このコンビが作るものを見てみたいと思ったので、そこはすべて任せるのがいいだろうと。それで時々こんなロケをして来ましたという話を彼がしてくれて、私は「ああ、そうなんだ」と聞いていました。

満若 当時、大島さんも忙しかったですからね(『なぜ君は総理大臣になれないのか』『香川1区』を監督中)。

大島 ああ、それもありました。自分のことで手一杯という。ただ、監督のタイプや作品の内容によってはコミットすることもあるといえば、あるんですけどね。だけど今回はそうじゃないだろうと。これは監督の企画で、被写体との関係性もぜんぶ満若くんとの間でやっていることだったので、「編集の第一稿で、とにかく面白いものを見せて」と言ったように思います。

満若 それはそれで逆にプレッシャーでしたが、ヘンに干渉されて背中から撃たれるよりは、無言の圧の方が僕はよかったですね。自分を追い込めて。

――プロデューサーを引き受けるにあたって、大島さんから具体的な条件提示はされたんですか?

大島 お金のことは言いましたね。ドキュメンタリー映画の製作費のイメージはありますし、満若くんも自腹を切るとも言っていたから、プラスこのぐらい出せばできるかなという、それが300(万円)。最終的に350くらいになったのかな。
完成したものを見て、さすがカメラマンチーム(満若監督はカメラマンでもある)だなと思ったのは、撮影方法にこだわっていることです。一例をあげると三重県伊賀市のところの対話のシーンですね。あそこは「レール」を敷いて撮っているんです。カメラはレールの上を移動していくんですが、私だとカメラマンが手持ちのカメラで撮るというのが多いんですね。それで、あの場面の対話は出演者にお任せですが、場のセッティングは監督がやっている。
それでレールを敷いて辻さんが撮るという、そういう画撮りをしていることが、これは「映画」として作るんだという自覚をもって演出している。そのことがいいなあと思いました。

「私のはなし 部落のはなし」撮影現場
右端に座る満若監督の背後にレールが見える。
(c)「私のはなし 部落のはなし」製作委員会

1  2  3