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「任俠」シリーズ100万部突破――描くのは、理想、ファンタジー、そして郷愁

今野 敏(作家)
今野 敏氏

人と人のかかわりを描きたい

――「任俠」シリーズが累計100万部を突破しました。6月に刊行された文庫『任俠楽団』は、シリーズ第6弾で、楽団員の中に対立が生まれたオーケストラが舞台です。


 シリーズの他の作品同様、やくざの組長・阿岐本(あきもと)雄蔵に難題が持ち込まれ、代貸(だいがし)の日村誠司の奮闘もあって解決されますが、今回、なぜオーケストラをテーマに選んだのでしょうか。

 もともと音楽が好きでしたから。学生時代はずっとジャズを聴き、大学卒業後は東芝EMIに就職してポップスのディレクターをしていました。一番好きだったのが、「山下洋輔トリオ」です。なにせ私のデビュー作「怪物が街にやってくる」は、1975年にトリオを退団したドラマーの森山威男(たけお)さんをモデルにした小説だったというくらい。

 さらに今作は『中央公論』での連載だったので、同じ読売グループの読売日本交響楽団に取材をしやすいのではないか、とも考えました。

 ただ、音楽といってもクラシックとはあまり縁がなかったので、いろいろな話を聞けて新鮮でした。たとえばオーケストラは、公演の際、全員でのリハーサルを1回か2回しかしないケースもあると聞いて驚いた。海外から有名な指揮者を招いて2週間くらい念入りにリハーサルをするドキュメンタリーを観たことがあったので、毎公演そんな感じかなと思っていました。プロの人たちはレパートリーが豊富だし、リハ以外のところで自分のパートを練習しているんでしょうね。

 楽団に定年があるというのも意外でした。ベテランの人はずっといるのかな、というイメージがあったので。仕事なんだから定年があって当然ですが、クラシックの世界を知っている人以外は、案外、気づかない部分ですよね。

 面白いなと思ったのは、楽団というのは人の集まりである、という点です。人と人とのかかわりがないと、小説になりません。楽団を舞台にすると、定年間近の人と若い団員の年齢差やキャリアの差、感覚の違いもあるだろうし、派閥などもできるのではないか。そんなところから、物語を発想しました。


――クラシックの楽団が舞台ですが、この作品にはジャズも出てきます。ジャズを描くのは、楽しかったのではないでしょうか。


 この作品に限らず、いつも書くことは楽しいのですが、ジャズは得意分野なのでイキイキ描けたと思います。たとえばクラシックの指揮者がジャズの演奏家に、管楽器の和音にどうしていきなりフラット9度やフラット13度が混じってるんだ、と聞くシーンがあります。そういうちょっとした蘊蓄(うんちく)を書くと、音楽好きの読者は「あ、こいつ知ってるな」とニヤリとするでしょう。まぁ、ちょっとしたスパイスです。(笑)

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