「任俠」シリーズ100万部突破――描くのは、理想、ファンタジー、そして郷愁

今野 敏(作家)

空手と執筆は似ている

――「任俠」シリーズも、他の警察官のシリーズも、途中ハラハラさせられますが、最終的には大団円を迎えるという安心感があります。物語展開の面白さに加えて、そうした「水戸黄門」的な安心感も、多くの読者に支持されている理由ではないでしょうか。


 最近は、予定調和を恐れるあまりハッピーエンドにしたがらない作家も多いと聞きますが、予定調和でいいんですよ。面白く、きれいに〝マンネリ〟にすればいい。そういう意味では、「水戸黄門」はお手本です。私の小説は、読み終わったら捨ててもらってもかまわない。ただ、読んでいる間は、めいっぱい楽しんでもらいたい。それこそがエンターテインメントだと思っています。

 そのために、登場人物をどう動かし、どう喋らせれば読者が快感を得られるか、常に考えています。読者が読んで気持ちがいい物語は、書いていて自分自身が気持ちいい。長年の経験から、たとえば物語が進んでいったこのあたりでもう1回、登場人物の肩書きを紹介したほうがいいといった勘も働くようになってきました。そういうサービス精神も、エンターテインメント小説には必要でしょう。


――2012年にご自身の音楽レーベル「78(ななはち)label」を立ち上げ、エグゼクティブ・プロデューサーも務めています。小説家がなぜ、音楽にもかかわっているのですか。

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 定年退職した東芝EMIの頃の仲間たちと久しぶりに会ったとき、なんかやりたいね、という話が出て、レーベルを設立しました。小説は一人で書かなくてはいけないけれど、音楽は歌う人、曲を作る人、楽器を演奏する人、ミキサーなど、集団の仕事です。自分の小説がドラマ化された際に現場に見学に行くと、集団で仕事をして楽しそうだなと、ちょっと憧れを感じます。そんな欲求が、レコードを作っていると満たされるんでしょうね。


――作家歴が45年を超えましたが、その間、モチベーションが落ちることはありませんでしたか?


 もともとそれほどモチベーションがないので、落ちることはありません(笑)。最大のモチベーションは締め切りなので、締め切りさえあれば書けます。デビュー以来、月平均5作連載し、年に5冊は出してきました。体力があったおかげで、ここまで続けられたのだと思います。大学からずっと空手をやっているのが、よかったのではないでしょうか。

 空手の道場も主宰していますが、武術の経験は小説を書く上でいろいろ生きています。デビューした頃はアクション・シーンを売り物にしていた部分もあるので、直接、役に立ちました。そして実は、空手の稽古は執筆に似ている感じがあります。稽古はとにかく地味で、同じことを延々と繰り返す。執筆もそうです。同じことを、やり続けなくてはいけない。

 たとえば、くたくたに疲れていても、あと5本突けば力になるという感覚と、眠いけれどあと1枚書いておけば明日は楽だというのは、とても感覚が似ています。空手も執筆も、トレーニングが大事です。なぜ45年間、書き続けられたかというと、逆に45年やってきたからなんですよね。やっぱり、執筆もトレーニングなんです。

 たぶん私は、死ぬまで書き続けるでしょうね。「任侠」シリーズも500万部をめざしたいけど、さすがに最近は年に5作は疲れるので、ちょっと無理かな。(笑)


(『中央公論』2025年8月号より)


構成:篠藤ゆり

中央公論 2025年8月号
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今野 敏(作家)
〔こんのびん〕
1955年北海道生まれ。78年のデビュー以降、警察・伝奇・SF小説など幅広く執筆。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、08年に『果断隠蔽捜査2』で山本周五郎賞及び日本推理作家協会賞、17年に「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞、24年に日本ミステリー文学大賞を受賞。
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