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中国を台頭させてしまったアメリカ--バイデン、歴代米政権の対中戦略を考える 阿南友亮×森聡

阿南友亮(東北大学大学院教授)×森 聡(法政大学教授)

中国を台頭させたのはアメリカだ

阿南 私は、「覇権」という言葉を使って中国外交を語ることに疑問を感じます。中国共産党は、中国が貧しかった頃から一貫して南シナ海の島嶼、台湾、香港、マカオといった「失地」を取り戻すという方針、すなわち「失地回復」とそれによる「祖国統一の実現」を外交の柱としてきました。1971年以降は、そこに尖閣諸島も加わります。そして、この目標を達成するために軍事力を増強せねばならないという認識も建国以来まったく変わりません。

 そのような中国に、日本、アメリカ、ヨーロッパ諸国が莫大な借款を提供し、技術支援をおこない、日米欧の企業が中国共産党の支配下にある中国企業とどんどん合弁会社を作って同党の資金源拡大に貢献したことで、中国共産党は大規模な軍拡をおこなうことが可能となり、同党の威信がかかった「失地回復」の取り組みを強化するようになったのです。

 問題のからくり自体はとてもシンプル。日米欧が中国共産党政権およびその従属物である中国企業とビジネスをするから共産党は、その私兵である人民解放軍を増強することができる。だから、共産党の軍備増強にブレーキをかけたいのであれば、対中ビジネスをやめればいいわけですが、それをやると経済界に大きなストレスをかけることになるため、日米欧のいずれの政権も長い間慎重な姿勢をとってきました。一方、中国側はそのことをよくわかっているので、そのうち日米欧の方が譲歩するだろうという見通しのもとで「失地回復」のための軍拡を続け、外交面で強気のスタンスを維持してきたのです。
 アメリカは対中関与からの離脱を掲げるようになったものの、まだ中国市場に未練たらたらであることを隠しませんし、協調の余地があるというメッセージも発信し続けているので、習近平政権としてはまだ強気の姿勢を通せると判断しているようです。だからこそ、関与からの離脱は中途半端なものであってはならないのです。

 アメリカからは、中国による「失地回復」と、そこを越えた世界への進出が連続してみえるので、アメリカを押しのけて覇権をとる機会を掴もうとしているように映っているのだと思います。また、中国には初めから一本道を歩いているという意識があるのかもしれませんが、アメリカには中国がより平和的で協調的な別の道を選べたのに選ばなかったという意識があるので、「覇権への野心に駆られた中国」のイメージが余計に強いのかもしれません。

 さて、「関与から競争に移行した」とか、「アメリカには反中コンセンサスがある」とよく言われるので、対中関与が断たれたような印象が持たれがちです。中国に厳しく向き合うべきという見方が大勢を占め、部分的なデカップリング(分離)も進んでいますが、対中関与の全面的な断絶はなく、貿易と投資は続いています。

 この対中関与と競争をみる上では、党派の違いをみる必要があります。共和党は保守的な国際主義で、相手の政治体制を問題にします。リベラルな価値規範を体制レベルで受容する国は仲間だし、体制を異にする相手は本来的な敵だという二元論的な見方をします。意見調査をみると、これが共和党の8割くらいを占めています。トランプの影響で脱価値的な一国主義的重商主義の印象が強いですが、根っこには体制で敵味方を識別する対外観がある。

 かたや民主党はプログレッシブな国際主義で、政治体制が異なる相手でも暫定合意で共存できれば関与し包摂していこうとする考え方です。民主党中道派は、合意やルールを守る相手であれば協調するけれど、守らない相手には強硬化します。冷戦下の反共リベラルや、冷戦後のリベラルホーク(国連決議に違反し人権を侵害する独裁者などへの武力制裁を主張)がそれにあたる。

 一方の民主党左派は、あくまでプログレッシブな国際主義を信奉し、体制が異なる相手でも軍事を頼らず、関与路線の外交によって説得と協調の余地をひたすら追求すべきとします。

 民主党中道派と左派は半々くらいですが、トランプ期に中道派が中国への関与路線を放棄した結果、共和党と民主党中道派が対中タカ派連合を形成しました。他方、民主党左派は中国との軍備競争を批判しますが、国内での公共投資増大や格差是正、差別解消を求めていますので、産業振興やサプライチェーンの国内回帰には賛同できる。さらに中国の人権侵害は、民主党左派も認められない問題です。なので左派は経済安全保障と人権問題では対中競争論に相乗りしています。しかし左派の基本は対中関与なので、バイデンは、「対決を避けながら競争する」と言うわけです。

構成:戸矢晃一

(『中央公論』2021年11月号より抜粋)

阿南友亮(東北大学大学院教授)×森 聡(法政大学教授)
◆阿南友亮〔あなみゆうすけ〕
1972年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、同大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。2014年より現職。ハーバード・イェンチン研究所客員研究員、東北大学公共政策大学院院長などを歴任。専門は中国近代政治史、現代中国政治。著書に『中国革命と軍隊』『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(サントリー学芸賞、アジア・太平洋賞)など。

◆森 聡〔もりさとる〕
1972年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院及び米コロンビア大学法科大学院修士課程修了。外務省勤務を経て、東京大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は現代アメリカ外交、国防政策。2015年に中曽根康弘賞奨励賞受賞。単著に『ヴェトナム戦争と同盟外交』(アメリカ学会清水博賞)、共編著に『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』など。
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