中国を台頭させてしまったアメリカ――バイデン、歴代米政権の対中戦略を考える 阿南友亮×森聡

阿南友亮(東北大学大学院教授)×森 聡(法政大学教授)
阿南友亮氏(左)×森聡氏(右)
 深刻さを増す米中対立。アメリカは、トランプ政権からバイデン政権へと変わったが、対中姿勢の強硬さだけは強く引き継がれている。米政権はどのような方針で中国に臨んでいるのか。現代中国政治を専門とする阿南友亮・東北大学教授と、アメリカ外交を専門とする森聡・法政大学教授が対談した。
(『中央公論』2021年11月号より抜粋)

バイデン政権の三つの対中姿勢

――バイデン政権発足から9ヵ月が経ちましたが米中関係は改善の兆しがみえません。両国はどのような方針の下に対峙しているのでしょうか。

 まずバイデン政権は中国を唯一の競争相手とし、「対決」「競争」「協調」の三つに方針を整理して臨んでいます。「対決」とは相手の政策や行動を非難して制裁措置などを講じることで、香港、新疆ウイグルでの人権問題への対応がこれにあたります。「競争」とは、相手の取り組みそれ自体は一応認めつつも勢力争いをすることで、軍備、先端技術、産業、地政学的な影響力をめぐる競い合いがあります。「協調」は利害が一致する分野での協力で、気候変動などとされていますが、協調案件がどこまで実るかわかりません。

 トランプ政権は対決を増しながら競争してきましたが、バイデン政権は、対決をなるべく避けながら競争するというスタンスです。背後には民主党内の力学があるとみています。

 二つ目は、中国の「体制」の変革を目標とせず、同盟国やパートナー国と連携して中国と対峙し、中国の「行動」の是正・穏健化を図りたいという暗黙の前提を持っていること。ただし、政権幹部も中国の行動の穏健化はなかなか難しいだろうという現実的な感覚は持っていると思います。

 三つ目は、同盟国やパートナー国との連携を重視し、機能分野別に連合を形成して漸進的に諸外国を秩序に取り込んでいくアプローチです。Quad〔クアッド〕(日米豪印協議)やG7だけでなく、伝統的な二国間協力や、米英豪のAUKUS〔オーカス〕といった新種の三国間協力もあり、さらに今年12月には民主主義サミットも開いて、協調体制の重層化を図り、自由で開かれた秩序を作ろうとしています。

「民主主義対専制主義」と言っていますが、実際の行動は政治体制を問わずに協力できるところは協力していくという、プラグマティックなアプローチをとると思います。ただ、副作用が出るかもしれません。

阿南 クリントンにせよオバマにせよ、1990年代以降の歴代民主党政権は「関与」政策、つまり米中の経済関係が深まれば中国は協調路線に傾くという見通しに基づく対中宥和政策を採用したので、中国側はバイデンにもそれに近い路線を歩むことを期待していたと思います。ところが、バイデンはトランプが始めた対中関与からの離脱を継承したため、習近平政権は今後も厳しい国際環境と向き合わなければならなくなった。

 アメリカとの長期対峙は、同国の市場と投資に大きく依存してきた中国経済の不安定化を一層助長することになります。ここ数年でかなりの数の有名中国企業が経営危機に陥っていることは、そうした国際環境の変化と無縁とはいえないでしょう。

 中国における経済成長の失速は、中国国内の秩序の動揺を招きかねず、共産党は、目下、先手を打つ形で国内の引き締めに躍起になっています。複数のIT企業集団に対する管理の強化、巨額の罰金の徴収、「共同富裕」すなわち貧富の格差是正を口実とした、日本円で総額数兆円にのぼる寄付の強要といった締めつけ策を講じたことは最たる例といえるでしょう。これには、国外との交流が拡大し、自主的経営判断に自信を強めた民間企業の党への服従を改めて徹底させると同時に情報統制のさらなる強化を図る狙いがあると考えられます。同様の締めつけは、共産党が社会統合の最終兵器とみなしている「習近平思想」の学習の妨げとなりかねない学習塾、ゲーム産業、テレビ業界(芸能界)、そして大学における研究と教育にまで及んでいます。

 習近平政権は、このような締めつけ策によって、アメリカとの長期対峙に耐え得る体制作りを進めているようにみえます。

 アメリカの対中戦略転換に関する論議は当初、アメリカ社会のセグメント別に、いかに中国に幻滅して、中国が仲間になる思い込みから覚めて関与から競争に転じたかを説明し、競争的な取り組みを叙述する表層部分の分析が中心でした。これは2018年夏頃から始まり、昨年夏頃までに議論がほぼ出尽くしました。

 昨年秋以降、議論は次の段階に進み、「翻って中国は実際のところ何を目標として、どのような戦略を追求してきたのか、対中競争の肝は何か」という、中国自体をどう認識するか深層部分の分析が焦点となっています。まず、中国の現行の行動や態度は、アメリカのパワーが衰退していくという中国の対米認識が根底にあるので、それを変える必要があるという議論が始まりました。

 また最近ですと、例えばラッシュ・ドーシ(現・国家安全保障会議事務局中国部長)が近著で論じた中国のグランドストラテジー論が話題です。中国は天安門事件、湾岸戦争、ソ連消滅をきっかけに、まずアメリカの影響力を削ぐ「阻止(blunting)戦略」をとり、2008年のグローバル金融危機を転機として、周辺地域で自らに有利な環境を作ろうとする「構築(building)戦略」をとってきた。そしてトランプ選出・ブレグジット・新型コロナ発生以降は、影響力を世界規模に拡大する「拡張(expansion)戦略」に乗り出しているという見立てです。アメリカは、非対称な方法で中国の影響力を削いで覇権を阻止するとともに、アメリカ主導の秩序を構築すべきだとして、賛否あるでしょうが、各種の提言を示しています。

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