安中 進 核保有は国際紛争を抑止するのか?――計量分析から考察する戦争(下編)

安中進(弘前大学助教)

核保有による紛争の抑止効果

 次に核保有の影響を考えてみたい。日本は被爆国として核廃絶を主張しているが、国際政治学の一部では、大国間のパワーバランスを保つための「必要悪」として、核保有を前提とした議論がなされている。ウクライナ戦争によって、その議論はますます盛んになっているようである。

 ウクライナは、1994年にアメリカ・イギリス・ロシアが合意した「ブダペスト覚書」で安全保障を約束されたことを受け、ベラルーシやカザフスタンとともに核放棄したとされる。有識者の中には、ウクライナが核を手放し、抑止力がなくなったためロシアに侵攻されたという意見が多数ある。しかし、実際には、ウクライナはそれ以前から、財政や技術的な問題により、厳密な意味での核保有国とは言い難い状態だったとも見られている(秋山 2022)。とはいえ、ロシアに侵攻された時点で、ウクライナが核保有国ではなかった点は考慮に入れられてしかるべきであろう。

 Suh(2022)の先行研究のまとめによれば、質的研究においては、核保有が保有国をより攻撃的にするとの分析が多く見られるが、計量的研究においては、そうした効果は見られないという結論が多いとする。それら先行研究に対して、Suh(2022)は、核保有が保有国をより攻撃的にする効果は薄いが、より攻撃されづらくする傾向は確かに見出せることを示す。これら実証研究の結果を総合すると、ウクライナが核を保有していないためにロシアは侵攻に踏み切りやすくなったことが示唆されているといえるだろう。ちなみに、Way and Weeks(2014)は、プーチンのような個人支配リーダーは核兵器に頼る傾向があると分析している。

 しかし、話はこれに留まらない。もし、ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に加盟するなどして、核保有国と公式な同盟関係を結んでいたら、攻撃の対象とならなかった可能性も十分にある。このように、自国の核保有のみならず、同盟国の核保有の影響も分析されている。Fuhrmann and Sechser(2014)は、1950年から2000年までのデータを用いて、核保有国との同盟関係が国際紛争を抑止する効果を分析し、核保有国との同盟関係は、他国からの攻撃対象になる確率を3分の1低下させると報告している。ただし、核配備(核保有国の核を非保有国が配備すること)そのものに抑止効果は見られず、核保有国との同盟以上の追加的な抑止効果は見られないとしている。

 こうした先行研究からも、核保有による国際紛争の抑止効果は一定程度見られるようである。

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