ポスター、選挙公報、政見放送......都知事選「ハック」で問われる日本の選挙

日野愛郎(早稲田大学政治経済学術院教授)

ポスター掲示板はなぜ必要か

 今回の都知事選においては、様々なポスターの問題を踏まえて、ポスター掲示板は不要であるという論調が目立った。上記の通り、多額の税金が投入されていることに鑑み、その論調に一定の理があるようにも思われるが、それでもなお、なぜ選挙においてポスター掲示板が必要なのかを考えてみたい。

 その理由の一つは、ポスター掲示板が持つ選挙の広報としての役割の大きさである。今回の都知事選や国政選挙であれば、メディアの報道を通して選挙が近づいていると知ることもできよう。しかしながら、報道が少ない地方選挙の場合はどうだろうか。統一地方選挙であればまだしも、統一地方選挙とは異なるタイミングで個々に行われる首長選挙や市区町村議会選挙にいたっては、ポスター掲示板が設置されて初めて選挙が行われることを知る有権者も多いのではないだろうか。投票率の低下が懸念される昨今の状況において、ポスター掲示板が持つ広報としての役割は他の媒体よりも大きい。

 二つ目の理由は、ポスター掲示板の一覧性の高さである。ポスター不要論が唱える解決策は、インターネットで代用するという、一見もっともらしいものである。確かにポスター一枚一枚は、インターネットで見れば事足りるかもしれない。しかし、パソコンなどデジタルのデバイスで見るにしても、ポスター掲示板ほどの大きさで一覧することはできず、詳細は個別のポスターを選択しなければ見ることができないだろう。インターネットにおける情報摂取は往々にして、関心のある事柄のみに偏りがちである。政治コミュニケーションの分野では、このような「選択的接触」が社会の分断につながる可能性について、日々研究が重ねられている。たとえば、自らが関心のあることだけを検索・接触し、その閉じた世界にこもってしまう「フィルターバブル」や、他の世界とのつながりを持たず、関心や志向性を同じくする人とのみ共鳴し合う「エコーチェンバー」と呼ばれる現象はよく知られているだろう。

 とりわけ、自らが投票していなくても、当選した候補者が選挙戦で何を訴えていたかを知っておくことは、民主主義が機能する上で必要である。民意の負託を得た当選者が次の選挙で再選を目指す時に、ポスターや選挙公報を通して、その候補者が掲げていた公約が周知されていることは、有権者が適切な評価を下す際の糧となる。自分が支持している候補以外にどのような候補者がいるかを効率よく知る上で、ポスター掲示板は有用である。

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