『東京最低最悪最高!』鳥トマト著 評者:トミヤマユキコ【このマンガもすごい!】

評者:トミヤマユキコ(マンガ研究者)
本作を紹介しようと思ったら、予想外のニュースが飛び込んできた。なんと鳥トマト先生の書いた小説が第130回文學界新人賞の最終候補になったという。マンガを描きながら小説も書いてたんかい、そんでいきなり最終候補になったんかい。すごい。惜しくも受賞は逃したが、創作意欲が爆発しているのは間違いない。そんなわけで、5月に刊行された新刊(第2巻)の方もぜひお読みいただきたいのである。
『東京最低最悪最高!』は東京で働き暮らす人々の悲喜こもごもを「最低最悪」寄りに─つまり痛みや苦しみに着目する形で描いている。かつて「まだ東京で消耗してるの?」と問うて、高知に移住したのは、ブロガーのイケダハヤトだったが、東京で消耗している人はまだいるし、本作を読んでいると、その消耗ぶりを否定するのではなく、むしろ寄り添い子細に検討するのがいまのモードなんじゃないかという気がしてくる。
作品の舞台となるのは、青界社という名の出版社。編集者、デザイナー、営業、人事......色々な部署の人が登場する。年齢・性別も色々だが、正社員だけでなく、業務委託で働くスタッフまで網羅しているのがとてもよい。
努力と成功は比例せず、不幸は我が身に突然ふりかかる。マスコミ業界ならではのキラキラとした夢の時間はほんの一瞬で、あとは地味だったり理不尽だったりする労働環境にどっぷり......それでも彼らは働くことを選ぶ。
たとえば、第1巻の終わりから第2巻にかけて登場する中国人のリンディは、日本で働きたいと思いながらもその機会に恵まれずにきたのだが、ひょんなことから日本で働くチャンスを手にする。しかも、大好きなマンガ作品に関われるとあって、もう夢中になって働くのだが、夢のような時間はある日突然終わりを告げる(ひとりのクソ野郎のせいで!)。「夢が私を不幸にした」......追い詰められるリンディには、どう考えても一時避難所が必要だ。しかし、来日してから働きづめの彼女には、頼れる友だちや行きつけの店なんかなさそうである。ならば中国の実家があるじゃないかと思うのだが、そこもまた安住の地ではない。
「完璧な家族の中で私だけが落ちこぼれてる。昔からだ」「思い返せば私が単にこの国で落ちこぼれてるのに耐えられなくて、夢の世界に逃げただけなのかもしれない」......リンディにとって最低最悪なのは東京だけじゃないのだ。しかし、実家も東京も最低最悪であるなら、少しでも夢に近い場所の方がいい。そこにいれば、最高に手が届く可能性もあるのだから。
居場所がない人や夢破れた人に東京はとりたてて優しくもないが、ひどく冷徹というほどでもない。いたいだけいて、自分なりの最高を手にすることを東京は決して妨げない。そのことに気づけてよかった。最近、東京・山形の二拠点生活を終えた私は、ずっと東京にいるとなんだか疲れるな〜と思っていたのだが、いまは本書をお手本に、東京で自分らしく消耗してやろうという、謎の闘志が芽生えている。
(『中央公論』2025年7月号より)