牧原 出×河合香織 政治と専門家の深い溝――新型コロナ対応の教訓をどう生かすか

牧原 出(東京大学先端科学技術研究センター教授)×河合香織(ノンフィクション作家)

国民の自主性に頼った対策

──振り返ると、日本のコロナ対応には、どのような特徴があったと思いますか。


牧原 日本の医療は、大きな公立病院が医療の中心であるイギリスなどと異なり、個人商店のような診療所や小さな病院が全国にあり、きめ細かな診療を、比較的安価に提供するのが特徴です。新型コロナのように猛威を振るう感染症には強くなく、医療が逼迫しました。

 そうなると、国民の自主的な感染予防に期待するしかない。幸いにして、日本人は感染症に対するリテラシーが相当に高かったと思います。感染リスクの高い場面では多くの人がマスクを着用しました。欧米のロックダウン(都市封鎖)のような強い権力を発動しなくても、国民は外出を自粛しました。普段から公的な場で大声を出さない行動様式も、感染拡大が抑えられた要因ではないでしょうか。日本における医療の特徴や権力リソースから考えると、国民のリテラシーに頼らざるをえなかったと思います。


河合 尾身さんも言っていましたが、日本の対策の特徴は、状況に合わせて微調整したことだと思います。このような日本特有の対策は「日本モデル」とも呼ばれましたね。新型コロナウイルスは変異して、状況が日々変わっていく。それに対して、何か決定的な大方針があるわけではないのですが、状況にアジャストした対策を模索しました。

 分科会の委員でもあった東北大学教授の押谷仁(おしたにひとし)さんが、「大都市よりも地方のほうが、感染対策がうまくいっているところが多い」と話していました。地方は人口密度が低いので対策が実行しやすいというだけでなく、「地域の力」があると言うのです。地域のつながりが強い地方では、「おじいちゃん、おばあちゃんに感染させないようにマスクをしよう」などと若者たちも考えてくれます。「自分のためでなく、他人を思いやった感染対策」も日本流の対策の一つではないでしょうか。


牧原 グローバル化が進むなか、どこかの国でうまくいったモデルを世界に普及させていくという流れがありました。しかし、コロナ禍で分かったのは、その国の強みを生かすしかないということです。つまり、日本モデルは日本でしか通用しない。これまでの社会科学は、個別性を一般性・普遍性に変えていくことを目的としていました。しかし、コロナ禍の日本では、個別性をより個別化したほうが有効でした。

 また、官邸の指揮命令系統など日本特有の組織や制度のあり方がよく分かっている人も、対策立案において必要だと思います。翻って日本の特性とは何か。そこを突き詰めることが重要です。

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