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奈良時代、天平文化に憧れる人へ 大津 透

私の好きな中公文庫
大津 透(おおつ とおる/歴史学者)
左から、礪波護『隋唐の仏教と国家』、青木和夫著『日本の歴史3 奈良の都』、澤瀉久孝『萬葉古徑』(一)~(三)
大津透が選ぶ中公文庫の3冊

青木和夫『日本の歴史3 奈良の都』
礪波護『隋唐の仏教と国家』
澤瀉久孝『萬葉古徑』(一)~(三) 

①青木和夫著『日本の歴史3 奈良の都』

 中央公論社の日本史学への最大の貢献は、1965~67年に刊行された『日本の歴史』全26巻である。大ベストセラーとなり、今日まで読みつがれている名著である。1973年には版面を縮小製版して文庫化されたが、2004年に文字を読みやすく改版され装いを一新した。青木氏は律令制研究の権威であるが、律令制度の分析と正倉院文書の世界を中心にすえ、『万葉集』や『日本霊異記』などの文学作品をとり入れ、香り豊かに奈良時代を描ききった、著者40代の渾身の力作である。古代史研究者として今日読み直しても、史料に基づく緻密な分析と内容の豊かさに圧倒される。もちろん初版刊行後50年以上たっており、その後、平城宮や平城京の発掘が進展し、多数の木簡の出土により新知見が加わり、律令制研究をはじめ多くの分野で研究は進展した。新版では丸山裕美子氏の解説によりその後の研究状況が補われており、参考文献とあわせて有益である。奈良の古寺を訪れ、天平文化に憧れる人に、まず本書を奨めたい。

②礪波護著『隋唐の仏教と国家』

 著者の学術論文集『唐代政治社会史研究』(同朋舎出版、1986年)の一部の論考にその後の関連する文章を加えて文庫化した全3冊のうちの1冊である。純粋な学術論文であり、編纂史料の検討や敦煌写経跋文の分析など一般の読者には厳しいのではと思われる部分もあるが、全体として文庫として読めるところが驚きである。唐初期の仏教・道教と国家との緊張関係、高宗・武后期の観無量寿経を中核とする浄土教信仰の流行、玄宗による膨張した仏教教団の整理・綱紀粛正を明らかにし、さらに僧尼が君主・親に拝礼を行なうべきかという、王法と仏法との関係を制度的に解明した。日本では日蓮宗など一部を除いて仏教は国家と対立しなかったが、中国では緊張関係にあったのである。礪波氏の本来の専門は唐代の政治制度や財政というべきだろうが、仏教を国家との関係で緻密に分析したことで、本書はすぐれた歴史叙述となっている。

③澤瀉久孝著『萬葉古徑』一~三

 万葉集研究に一生を捧げた著者による訓詁研究の文章を集めたもの。『万葉集』の一字一音でない万葉仮名で表記された歌のなかには、実は今日までどう読むか定まらないところがある。柿本人麻呂の「乱反」という句をどう訓むかを論じた「み山もさやにさやげども」、天智天皇作歌の第五句を論ずる「『清明』攷」など、先行学説をふまえた一字一句の訓みの考証過程に、古代研究の醍醐味を味わうことができる。書名の意味は万葉学の窮極に至る「小径」であるが、著者のゴールは、『萬葉集注釈』全20巻(中央公論社、1957~68年)であった。万葉研究の金字塔であり、筆者は1980年代に新版を購入できたが、文庫化して多くの人が読めるようになればと思う。

筆者・大津透

大津 透(おおつ とおる/歴史学者)
東京大学大学院人文社会系研究科教授。1960年東京都生まれ。83年東京大学文学部国史学科卒業。専門は日本古代史。主な著書に『律令国家支配構造の研究』(岩波書店)、『日本の歴史06 道長と宮廷社会』(講談社)、『律令国家と隋唐文明』(岩波新書)など。             
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