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鈴木涼美 男性の眼差しで女性を二分する境界線など、器用に行ったり来たりすればいい(サガン『悲しみよ こんにちは』を読む)

第19回 娼婦になったり聖母になったりすればいい(サガン『悲しみよ こんにちは』)
鈴木涼美

自分が否定されうる怖さと反発心

 もうすぐ18歳を迎えようとするセシルは、その若さと感受性の強さで、実に巧みにこの2人の女性たちの存在の意味と立ち位置の違いを把握します。29歳の若い愛人であるエルザは「背が高くて赤毛の、社交的ともいかがわしいともいえる女性で、端役の女優としてテレビや映画のスタジオとか、シャンゼリゼのバーなどに出入りしている。やさしく、かなり単純で、見栄を張るようなところもない」。父にとってエルザのような存在はこれまでも何人もいたはずで、時に6ヵ月ごとに相手を変える父と、そのような女性たちとの関係は、セシルと父との関係を揺らがすものではなく、特に問題になりません。

 対してアンヌは、「とにかく魅力的で人気があって、誇り高くもうっすら疲れの漂う、超然とした美しい顔だちの女性だ。強いて欠点を探すなら、唯一、この超然としている点だろう。愛想はいいが、どこかとりつく島がない。その揺るぎない意志と、人を気おくれさせるような心の静けさが、あらゆるところに表れている」と描写される、42歳の服飾関係の仕事をする大人の女性です。父とセシルが付き合う騒々しいお酒飲みたちではなく、上品で理知的で、慎み深い人たちとの交際を大切にしているアンヌは、父やセシルの関係や生活を変えうる存在です。特にセシルがサボりがちだった勉学について、アンヌは恋やヴァカンスのゆっくりした時間より優先すべきだと頑なに説得してきます。

 迂闊な父のせいで、アンヌとエルザは別荘でいっとき一緒に過ごすことになるのですが、そのことを知った2人はそれぞれ怪訝な反応を示します。エルザはアンヌ到着の前夜、アンヌの社会的な地位についてさんざん質問し、アンヌは到着直後にセシルからエルザの存在を聞いて顔をゆがませ、くちびるが震えます。そして敏感なセシルは鈍感な父にこのようなことを言いました。「パパはアンヌが興味を抱くタイプじゃないでしょ。あの人は理知的すぎるし、プライドが高すぎる。それにエルザは? エルザのことは考えた? アンヌとエルザの会話、想像できる? わたしはできない!」。そして実際、夏のヴァカンスは父が楽観的に考えていたような、簡単なものにはなりませんでした。

 ヴァカンス中もきちんと手入れして美しくいるアンヌはその知性と品性を、日焼けで肌が荒れているエルザはアンヌより13歳若いことを、それなりの切り札と考えているようです。アンヌは共同生活の中でエルザに極端にやさしく接しますが、セシルはその優しさの意味を後から追想して捉えます。「アンヌは彼女を笑いものにするような、アンヌならではのあのぴりりとした断言をけっして口に出さなかった。その忍耐力と寛大さを、わたしは内心すばらしいと思っていたが、そこに巧妙さがしっかりひそんでいることには気づいていなかった。もしアンヌがさりげなく、でも容赦なくエルザをからかったら、父はすぐにうんざりしたことだろう」。

 セシルはエルザには順当な親しみと、自分のコントロール下に置くことができるといったような見くびりを感じています。それに対して、かつて母の友人だったアンヌには、強い憧れや尊敬の気持ちと、自分が愛するそれほど上品ではないものを否定されうる怖さや反発心を併せ持っています。アンヌは、父とセシルが親しくしている知人を「頭が足りない」と言い放つこともあれば、セシルが若い頭でそれなりに重視している理屈を「くだらない」と見下すこともあります。そして父が、愛人として連れてきていたエルザを袖にして、アンヌと結婚すると言い出すことによって、物語だけでなく、セシルの感情の波は急展開を迎えることになるのです。セシルは、父とアンヌが結ぼうとしている関係は、エルザと父の間にあった関係と同質なものではなく、父という存在、それに付随する自分自身の生活というものが、根本から変質する可能性があるということを見抜くからです。

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