ナイーブな青年を懐深く受け止めた吉川
以下、吉田満の「占領下の「大和」」の記述に基づいて創元社版『戦艦大和の最期』が出るまで、その間七年間の小林秀雄との関係を見ていく。「占領下の「大和」」はなぜか、吉田満の単行本にも、ほとんどの文章を網羅した『吉田満著作集』にも収録されていない。単なる収録洩れだとしたら残念だし、意識的に削る必要はないと私には思える。「占領下の「大和」」は、その吉川英治との出会いから始まる。
「大家らしい臭みの少しもない氏から、穏やかな人生談義を伺ううち、引き出されるままに戦場での話をはじめた。復員してから、戦争回顧談をあちこちでやらされるうちに、私はしだいにそれが心苦しくなっていた。死んでゆく兵隊の心と、喋る私の心と、聞く人の心と、この三つのものがますます喰い違ってゆくような気がしたからである。戦闘の実相が感心されればされるほど、きく人の嘆声が妙にそらぞらしく響き、自分はいったい何のためにこんなことを喋るのかと、いぶかしく思えてならなかった」
復員兵士が感じたであろう戦後日本との齟齬を、ナイーブな青年だった吉田満はことさら強く持ったのだろう。そんな青年を懐深く受けとめてくれたのが吉川英治だった。吉川にも、戦後日本に対し思うところがあったから筆を断っていたのであろうし、文筆による戦争協力者の有力な一人であることもまた間違いなかった。
「吉川氏のような聴き手を私は知らない。氏は端坐して身じろぎもせず、相槌も打たず耳を傾けていた。やがて私をみつめる眸の中に、涙が湧いてきた。それでも氏の視線は、じっと私に注がれていた。私はいつのまにか、話しはじめた頃の心苦しさを拭われて、妙に吃りながら一心に話し続けた。少なくとも、戦争の経験が真実どういうものであるかを、おぼろげながら伝え得たように思えた。気がついてみると、私は一時間四十分ものあいだ氏と対坐していた。――」(「占領下の「大和」」)