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エイプリル・フール、「戦艦大和」の吉田満に会う(一)

【連載第十五回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

「あなたの通って来た生命の記録を書いておくべきだ」

吉田満によると、楷書で清書し、一帖の書冊にまとめて吉川英治のもとに持参した。「氏からの示唆が執筆の直接の契機になった」のだから、いまさらとも思ったが、閲覧を願った。「旬日して、氏は黙ってそれを返された」。

吉川英治はその頃の吉田満青年について、小林秀雄と並んで「サロン」昭和二十四年六月号に載った推薦文「著者との機縁」で述べている。父は息子を連れてやってきた。

「昨夢、今夢、未来夢、吉田君の眸は初夜の花嫁のごとくうッとりしていた。むりもない、懐疑を負っている無口な面ざしが深い湖の如き蒼さをもち、何もわかりませんとのみ云っていた。(略)――怒りたいときも、泣きたいときも、迷うときも、黙々とこゝしばらくは、親父さんと一しょに鍬を持って、土へ訴えているんですな。何か、土が答えますよ。いまの人間からは答えは出ません。(略)私は、その前後に、吉田君へもうひとつ云ったことがある。あなたの通って来た生命の記録を書いておくべきだと。それは平常の生体と平常の社会組織へもどって余りに月日を経ぬうちがよいでしょうと。また月余の後、吉田君は一帖の記録を示された。これが〝軍艦大和〟の草稿であった。/もとより吉田君は発表意志をもって書いたのではない。そこにこの一篇の発芽に自然がある」

吉川は推薦文の中で、作品の評価をはっきり書いている。吉田満青年には直接何の感想も批評も述べなかった。本人に言うことではないと思ったのだろう。そんな必要はこの青年には無用だと。

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