エイプリル・フール、「戦艦大和」の吉田満に会う(一)
「それは世界の記録として残るであろう」
『戦艦大和ノ最期』は必読の名著である。私はふだんの習慣で、ついつい寝そべったままで読んでしまう。それだけで読者失格かもしれない。吉川英治のように、端坐して耳澄ますべき作品なのだろう。これからは居ずまいを正して読むように心がけよう。できたら声に出して読んでみるほうがふさわしいか。聴き終わった吉川英治は帰り際の吉田満に「容を改めて」、静かに言った。
「君はその体験を必ず書き誌さなければならない。どんな形でもいい。それはまず自分自身に対する義務であり、また同胞に対する義務でもある。それは日本の記録ではなく、世界の記録として残るであろう」
吉田は家に戻ると、すぐに鉛筆を握って書き始める。自然と文語体になった。半日がかりで一応書き上げた。わずか半日で書かれた初稿が、「神奈川近代文学館年報」(2023年版)に翻刻された「初稿ノート(吉田満旧蔵資料)」ではないかと思われる。縦罫のノート十六枚に鉛筆書きされたもので、半日で書かれた分量としては異常といっていい。書き出しから半分近くまでは、後の「創元」創刊号発表予定原稿(ゲラ刷り)とほとんど変わりはない。吉田満の筆によって知られることになる臼淵磐大尉(ここでは名前は出ず、ただ「哨戒長」となっている)の言葉が次のように記録されている。
「敗ケルコトガ最上ノ道ダ、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ハレルカ、俺達ハソノ先導ダ」
この言葉は「創元」創刊号用では次のように加筆される。
「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ、負ケルコトガ最上ノ道ダ、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ハレルカ、今目覚メズシテイツ救ハレルカ、俺達ハソノ先導ダ」
臼淵の死の描写は変っていない。「初稿ノート」ではこのシーンで初めて「臼淵大尉」と名前が出る。
「室長、臼淵大尉直撃弾ニ斃ル、一片ノ肉、一滴ノ血ヲ残サズ」
ここが十六枚目中の十一枚目で、このあたりから後は、かなり省略をしていて、別の日に加筆したと思われる。実際は何日かをかけ、その後にも加筆訂正されたのだろう。初稿のラストは以下で終わっている。
「我ヲ迎ヘシモノ死カ
カヽル平易ナルモノマサニ死ナルヤ、サハレ
戦友多キウチ我ヲ別チ再ビ天光ニ浴セシメタルモノ何ゾ
彼等終焉ノ胸中果シテ如何」
「創元」用原稿では、この後に二十行ほどが加筆されている。