政治・経済
国際
社会
科学
歴史
文化
ライフ
連載
中公新書
新書ラクレ
新書大賞

平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 男装者による悲劇的事件

第十五回 男装者による悲劇的事件
平山亜佐子
西條エリ子の手記「男装の麗人 増田富美子の死を選ぶまで」誌面(「婦人公論」1935年3月号)
明治から戦前までの新聞や雑誌記事を史料として、『問題の女 本荘幽蘭伝』『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』など話題作を発表してきた平山亜佐子さんの、次なるテーマは「男装」。主に新聞で報じられた事件の主人公である男装者を紹介し、自分らしく生きた先人たちに光を当てる。

 少年のような女性「ギャルソンヌ」が登場する翻訳小説『恋愛無政府』の出版、マレーネ・ディートリッヒ主演映画『モロッコ』の日本封切、水の江瀧子ブームの到来など男装が盛り上がりを見せた1930年代。その一方で男装者による悲劇的事件も報じられた。性的マイノリティの重い現実である。
 性的マイノリティの自殺リスクはとても高い。若者支援の認定NPO法人「ReBit」の2022年の調査によれば、過去1年間に自殺を考えた10代のLGBTQは48.1%、そのうち自殺未遂を経験したのは14.0%という。
 身体と性自認の違和、家族や学校、社会の無理解や差別など、彼らが直面する困難はとても大きい。現代ですらそうなのだから、情報もなくコンプライアンス意識も低い戦前であれば、生きづらさはさらに苛烈だったに違いない。そんな男装の事例のうち大きなものを取り上げてみる。
 その騒動が世間に発覚したのは1935(昭和10)年1月23日夜のこと。
 名古屋駅に停車中の寝台車の中にいた女性2人が刑事に誰何されたことに始まる。一人は映画女優の西條エリ子、もう一人、男装の女性は増田ビルブローカー銀行頭取の令嬢、増田富美子で、かねて捜索願いが出されていたところから、二人は取り押さえられた。西條エリ子のハンドバッグには「私が死んで西條が生残っても西條に関係はない」という増田富美子が書いた「単独自殺証明書」が入っており、少なくとも富美子は自殺するつもりだったことがわかった。
 かたやエリ子は元SSK(後の松竹歌劇団)の娘役スター、かたや富美子は一般人、どうして交際ができたのかといえば、ターキーの回で見てきた通り、ファンとして楽屋に出入りしていたからだった。

1  2  3  4  5