再度の昏睡騒動
騒動の後、秀佳が八重洲園を辞めたかといえば、さにあらず。翌年2月には雑誌『婦女界』の「誘惑の多い職業婦人ばかりの座談會」に「喫茶八重洲園サービス嬢監督」の肩書きで参加。喫茶店でどのように誘惑の機会があるかと司会に問われ、「いつでも問題を起すのは、大抵レコード係りなのです」と言い、客から曲名を書いたメモを受け取る際に、それが個人的な手紙となってそのうち一緒に出かけたりしてしまうと語っている。「お客様がお若い方達ばかりなのでなるたけ小柄な、愛くるしい娘をおく様にしております。それだけに又監督がむずかしいわけです。何分世間知らずの子供達ですからね」というが、秀佳自身、その世間知らずのレコード係千代香と三原山で心中しようとしたのはつい8カ月前のことなのである。
司会者が最後に座談会出席者に将来の目標を聞くと、秀佳は「奥さんには一寸なれそうもない柄なので、そんなこと未だ考えていませんが年を取れば、いずれ何かになるだろうと思っています」と答え、他の人が「本当は結婚したい」と言うと「実は私もそうなのですが、どうも私の傍には男性が寄りつかないので......」と言い、記者に「そんなこと無いでしょう! 理智的なとてもいい奥さんになれますよ」と言われて「何か奢りましょうか」と答えている。
この座談会の数カ月後、秀佳はまた昏睡騒動を起こした。発見されたのは八重洲園元女給の住むアパート。2人は銀ブラなどをした後に連れ立ってアパートに戻り就寝したところだった。秀佳は神経衰弱を理由に5月中旬に八重洲園を辞めており、女給も6月に病気を理由に辞めていたが、店では2人が親しいようには見えなかったという。なお、睡眠薬は致死量ではなかったため、眠るために飲みすぎてしまったのかもしれない。
翌年の6月、秀佳は泣きながら妊娠6カ月の身を警視庁に寄せたことが新聞ネタになった。曰く、スイス人貿易商と知り合って関西旅行に行ったが、子供ができたら認知すると言ったにもかかわらず黙って帰国されてしまった。弁護士に相談して慰謝料を請求しようとしていたがその弁護士も消え、途方に暮れているという。警察は弁護士の行方を捜すと伝えたが、秀佳は背広の肩を落として悄然と去った。
佐久間秀佳の例をバイセクシュアルと断定することはできない。男性との交際はある種の生存戦略だった可能性もある。流動的な恋愛実践が重なった結果といえるだろう。
秀佳や他者の言葉の応酬のなかで像は揺れ続ける。その揺らぎこそが、秀佳を生身の存在として浮かび上がらせている。
ご愛読をありがとうございました。本連載は6月に中央公論新社より書籍化予定です。
参考文献
佐久間秀佳「何故妾は二人の女に愛されたか」『モダン日本』新太陽社、1934年8月号
佐久間秀佳「情死を決意するまで―お詫に代へて―」『婦人画報』婦人画報社、1934年8月号
佐久間秀佳「妾は男ではない!! 三人同性愛心中ヒロインの手記」『話』2(8)文芸春秋社、1934年8月号
原道子「貴女は女ではない 佐久間秀佳さんに与うる公開状」『話』2(9)文芸春秋社、1934年9月号
「誘惑の多い職業婦人ばかりの座談會」『婦女界』51(3)婦女界出版社、1935年3月
佐々木夏彦「おゝ男装の麗人! 三四年の乙女の思慕」『国際写真新聞』(66)同盟通信社、1934年7月
本間三郎「脚光に輝く一九三六年の新人ベスト10」『国際写真新聞(新春特輯號 1月1日・8日合併號)』(137)同盟通信社、1936年1月号
「同性愛三人心中事件の真相と批判」『婦人倶楽部』15(8)講談社、1934年8月号
木下宗一「三原山投身繁昌記」『文芸春秋』33(16)文芸春秋、1955年8月
佐波甫「ミルクホールから喫茶店の豪華版!!=八重洲園奮闘記=」『実業の日本』37(17)実業之日本社、1934年9月
「最大最高の喫茶と音楽の殿堂 八重洲園」1934年3月26日付朝日新聞
「一人は身を引き 同性愛の清算」1934年6月13日付朝日新聞
「同性愛の女三人 心中二筋道」1934年6月13日付朝日新聞
「御神火の一歩前で危く抱止らる」1934年6月14日付朝日新聞
「狂恋の蔭に怪奇」1934年6月14日付読売新聞
「同性愛の女主人公 又も謎の昏睡」1935年7月9日付読売新聞
「『男装しても女です』あらぬ噂にプリプリしながら」1934年6月15日付読売新聞
「男の美代さん法廷へ」1935年2月19日付読売新聞
「男装に流す女の涙 妊娠6月・瑞西人に欺かれて」1936年6月27日付読売新聞
スーザン・ストライカー 山田秀頌 訳「『トランスジェンダー」』の旅路」『ジェンダー研究』第23号(通巻40号)お茶の水女子大学ジェンダー研究所、2020年
1970年、兵庫県芦屋市生まれ。エディトリアルデザイナーを経て、明治大正昭和期のカルチャーや教科書に載らない女性を研究、執筆。著書に『20世紀 破天荒セレブ:ありえないほど楽しい女の人生カタログ』(国書刊行会)、『明治大正昭和 不良少女伝:莫連女と少女ギャング団』(河出書房新社、ちくま文庫)、『戦前尖端語辞典』(左右社)、『問題の女 本荘幽蘭伝』(平凡社)、『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』(左右社)がある。最新刊は『あの人の調べ方ときどき書棚探訪: クリエイター20人に聞く情報収集・活用術』(笠間書院)。なお、2011年に『純粋個人雑誌 趣味と実益』を創刊、第七號まで既刊。また、唄のユニット「2525稼業」のメンバーとしてオリジナル曲のほか、明治大正昭和の俗謡や国内外の民謡などを演奏している。