義経がしでかした失敗とは
ひとつは、義経が政治的に幼稚だったということが考えられます。
義経は軍事的には非常に有能でした。兄の頼朝にしてみれば、自分にとって代わられるリスクがありますから、そのように有能な弟は、なにも瑕疵(かし)がなくとも、なるべくだったら排除したい。「自分が政権の座にいるために、義経を排除する」。これは政治的には当たり前の考え方です。
頼朝にしてみれば、義経がヘマをしでかすことを待っていた。
もしなにもないのに殺してしまうと、家来たちに「うちの頼朝さんは、肝っ玉の小さいやつだ。これでは俺たちも安心して仕えることはできないな」と思われてしまう。だからさすがに意味もなく殺すわけにはいかず、義経がヘマをするのを待っている状況だったわけです。
そうしたら義経がまんまとやらかしてしまった。なにをやらかしたかというと、後白河上皇から官位、官職をもらってしまったのです。
それは位階で言うと五位、官職では検非違使尉(けびいしのじょう)。警察の高級官僚というようなところですね。トップではないが、警視庁の中の偉い人。キャリアの高級警察官僚というような位置づけです。
それで彼のことを判官(ほうがん)と呼ぶわけです。「判官びいき」の判官の語源ですが、検非違使の長官は「かみ」、次官は「すけ」、3番めの「じょう」=尉が判官と呼ばれるのですね。ちなみにさらに次は主典(さかん)。一方、五位は大夫(たゆう)と呼ばれます。つまり義経は大夫判官(たゆうほうがん)という官職をもらったわけです。