ぬじま『怪異と乙女と神隠し』【このマンガもすごい!】

栗俣力也
『怪異と乙女と神隠し』(ぬじま著/ビックコミックス(小学館))

評者:栗俣力也(仕掛け番長)

「何かオススメの作品はありますか?」

 今回の原稿を書いているゴールデンウィーク明けの現在、緊急事態宣言で「自粛」の真っ只中という状況なのですが、家で過ごす時間が増えたことでプライベートやSNSでオススメ本を聞かれる機会が非常に増えています。


 そんな日々の中で最近感じているのは、書店員の存在価値が変わってきたのではないかということです。つまり、書店という場で本を売る人から、場所に関係なくいろいろなシーンで本をセレクトしてオススメする人への転換です。


 電子書籍などがここまで一般的になる前は、リアルな売り場の中から読みたい本を探していればよかった。そのため新作が求められるのが普通でしたし、旧作は絶版となり選ぶ対象から外れていきました。


 しかし電子書籍が普及してからは、昔の作品と新しい作品が同じ土俵に乗って同じように購入できるようになり、絶版という概念自体がなくなりつつあります。


 そうなると、選ぶ対象となる作品が爆発的な数になり、その中から自分に合った作品を探すというのは非常に難しい。


 そんな時に一人一人に合った作品を膨大な知識の中からセレクトすることが、書店員の価値として大きくなっているのではと思っています。


 この状況の中で「私は普段マンガを読まないけれど、この機会に読みたい」という方と店舗に限らずSNS上やメールでやり取りしております。


 お相手が「誰なのか」によってもセレクトする作品は大きく変わるものですが、その中でも三十代から五十代の男性にオススメする機会がたまたま多く、出会いを喜んでもらえた作品をご紹介します。


 それは『怪異と乙女と神隠し』。


 小説家をめざす緒川董子と謎めいた童顔で糸目の少年(?)化野蓮。この二人の書店員が首都圏のとある町で起こる数々の不思議な出来事を解決していくというストーリー。


 いわゆる怪異ものである本作の特徴は、まずマンガとしてのバランスが非常に上手い点。


 マンガは良くも悪くも絵で読者を選んでしまうものですが、この作品のタッチはとても個性的であるにもかかわらず、あまり読者を選ばない。個性的なデザインの面白さと見やすさを両立させているのです。


 また吹き出しが小さめに配置されていて絵をより目立たせるようなつくりになっているのですが、絵の情報量と文字の情報量のバランスが良い。余白の使い方が上手いので、読むのに疲れるということがありません。しかも濃い内容がしっかりと頭に入ってきて、物語としての満足度は非常に高いのです。


 ここまで読ませて、なおかつバランスを意識した作品は、あまりないと思います。


 そしてもう一つの特徴は、情報の出し方。つまり小出しにされたいくつもの謎がストーリーとしてつながることで本筋が見える、いわゆる連作短編の効果をものすごいスパンの短さで発揮させていく。


 一例をあげましょう。この町には「!」だけの標識が多い→それは「その他の危険」の警戒標識である→書店で起きる「逆万引き」(知らないうちに本が増えている現象)→そして......とメインの怪異の話につながっていくのですが(作品を読まないとわかりづらいかもしれませんが......)、こうした展開により読者を物語から離さないのです。 「ストレスを感じることなく、作品に没入でき物語を楽しめる」と、多くの方から絶賛の言葉をいただきました。


 日々の生活の中で、今年は今までにないストレスを感じることが多くなりそうです。そんな時こそ、ぜひマンガを手に取ってみてください。
 マンガを読んでいる時には日常から少し気持ちが離れて、別世界を楽しむことができると私は思っています。


 私と同様にTwitterなどのSNSで素敵な作品をオススメしている書店員が今は沢山います。何を読もうか迷った時は、そんな書店員に尋ねてみるのもいいかもしれませんよ。
(現在、一巻まで刊行)


(『中央公論』2020年7月号より)

栗俣力也
〔くりまたりきや〕
一九八三年東京都生まれ。TSUTAYAレコメンダーPJプロデューサー兼五反田店勤務。「コミックライブ」企画・司会。「クリエイターズVOICE」企画・インタビュアー。著書に『マンガ担当書店員が全力で薦める本当にすごいマンガはこれだ!』など。
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