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このマンガもすごい! 『鬱ごはん』(施川ユウキ著)

かとうちあき

評者:かとうちあき(『野宿野郎』編集長)

 なんだかいらいらしている時、ごはんを食べたら落ち着いてきて「あれっ」ってなること、ありませんか。なんだ空腹だったからかーとか、ごはん食べたらどうでもよくなっちゃったよーって、笑っちゃう感じ。

 そんな時、食べることって大事だなって再認識するわけですが、マンガを読むのもきっといいよ。読んでいるだけでお腹が満たされたような気になるから、食をテーマにした食(料理・グルメ)マンガを読むのも、とってもいいよ。

 ってことで、最近わたしはあれこれ食マンガを読んでいたのですが、中でもぐっと心を掴まれたのが、『鬱ごはん』なのでした。

 日々を鬱々と暮らす主人公・鬱野たけしさんが、ネガティブかつ厭世的な独白を吐きながら、一人で食事をするマンガなのですが、入る店はおおむねチェーン店だし、ほとんど食事を美味しそうに食べないし、自炊をしてもだいたい失敗する......。

 食マンガは「美味しそう」「食べたい」「作りたい」って思わせてなんぼなはずなのに、ぜんぜんそう思わせてくれないところに味わいがあって、不思議と癖になるのです。

 あと食マンガには、うんちくとかレシピとか、ためになる情報が描かれることも多いけど、それもない。ないんだ! でもかわりに、自意識過剰な人間あるあるや、鬱野さんの思考の流れから繰り出されるあんまり役に立たなそうな雑学などを、知ることができたりはします(称賛)。

 あと、いいなーと思ったのが、単行本で読む場合、一冊で三年ほどの時間が経っちゃうところ。月刊誌『ヤングチャンピオン烈』(秋田書店)の連載で、現実とだいたい同じ時間軸で描かれている一話が四ページほどのマンガなので、読んでいるとすぐに季節が移ろい、新年がやってきます。

 登場時二十二歳で就職浪人だった鬱野さんも、最新の三巻では三十歳過ぎに。その間、もちろん就職はせず一人でごはんを食べつづけ、状況としては変わらない毎日を送っているんだけど、そんな生活もわりと板についてきたような......。

 鬱野さんの日常を読んでいるうちに、言葉にすると当たり前で恥ずかしいんだけど、「毎日が同じような日々の繰り返しに思えても、一日だって同じ日はないんだよなあ」とか「変わらないつもりでいても、否応なく変わってしまうこともあるんだよなあ」なんてしみじみしちゃうのでした。

 一巻には水道水から高いベクレル値の放射性ヨウ素が検出されたことを気にして白米を炊くのをやめ、食パンを網で焼こうとして黒焦げにしちゃうという東日本大震災後の東京を思い出させる話がさりげなくあるのですが、少し前の連載では、アルバイト先のネットカフェが自粛要請を受けて休業、不安を感じながら、豆苗を再生させるなんて話も。

 この話など含む、三巻後の連載は秋田書店のウェブコミック配信サイト「マンガクロス」で随時読むことができるので、三巻分(お忙しい方も一気読みできちゃう分量!)で一〇年の歳月を感じたのち、現在の鬱野さんと共に過ごす(あるいは見守る)、なんて楽しみ方もできちゃいます。

 しかし冒頭でわたしは、「読んでいるだけでお腹が満たされるような気になるから」って食マンガをおすすめしていたはずなのに、満たされとは無縁のマンガをご紹介しているとは、いったいどういうことか。

 ですが、「僕には 人生がない」なんて呟くこともありつつも、日々一人の食事に余念のない鬱野さんを見ていると、「食べていれば、とりあえずは大丈夫」なんて思わされもして、これは最強の食マンガだ~、という気もしてくるのです(こじつけ!)。

 最後に、「料理・グルメ漫画」の元祖のひとつと言われている、萩尾望都さんの『ケーキケーキケーキ』(原作・一ノ木アヤ、白泉社)の中の台詞を。

「食べるもの 食べなくて なんで生きて いられよう!」

 食べるもの食べて、しぶとく生きていきたいものですね~。

(現在、三巻まで刊行)

 

〔『中央公論』2020年8月号より〕

かとうちあき
〔かとうちあき〕 一九八〇年神奈川県生まれ。法政大学社会学部卒業。高校一年生で野宿デビュー。以後、順調に野宿を重ね、人生をより低迷させる旅コミ誌『野宿野郎』の編集長(仮)&社長(自称)。介護福祉士。著書に『野宿入門』『あたらしい野宿(上)』。