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この時代に狩猟採集生活が持つ意味とは

千松信也(猟師)

近場での狩猟採集

「ぼちぼちコアユが岸に寄ってきとるやろうなあ」

 五月の半ば頃。例年ならば、琵琶湖にコアユを捕りに通っている時期だ。アユは通常、川で生まれ、海に下り、ある程度大きくなってから川に再遡上するという生活史をたどるが、琵琶湖のアユは、琵琶湖を海に見立てて暮らす陸封アユだ。流入する河川を遡上するタイプもいれば、琵琶湖だけでほぼその生活を完結させるタイプもいて、後者のアユは一定サイズ以上大きく育たず、コアユと呼ばれる。コアユはゴールデンウィークを過ぎた頃から群れになって湖岸に寄ってくるようになるので、それを投網で一網打尽にする。捕れたてのコアユを天ぷらや佃煮で食べるのが絶品だ。

 そんな例年の営みを今年は行うことができない。今春は三重の海での潮干狩りにも行かず、福井の海に釣りに出かけるということもなかった。「山や川で遊んでる分にはコロナの影響なんてないでしょう?」

 こんなふうに言われることが多いが、「県境をまたぐ移動の自粛」とやらで、僕が暮らす京都から他県まで出掛けていって行う季節ごとの営みは何一つできなかった。

 ただ、その分、近場での狩猟採集活動には集中できた。タラの芽やワラビなどの山菜採りに連日出掛け、塩漬けや乾燥品などの保存食づくりも捗った。渓流釣りも近くの川を見直すきっかけになり、一斉休校で暇を持て余している子どもたちにじっくりと釣りを教えることもできた。「今日はようけイワナ釣れたし、帰ったら天ぷらにするか」

 帰りの車内でそんな会話をしながら、街道沿いを走っていると、ガランとした人気のない観光地が目に入ってきた。たまに見かける人々は当然マスクをしている。一気に現実に引き戻される。

「ああそうだった。人がおらん山の中におったら忘れてしまうな......」

 感染症といえば、新型コロナウイルスが流行する数年前から豚コレラ (二〇二〇年より「豚熱」と名称変更) が問題になっていた。豚コレラは岐阜の養豚場で一八年に発生し、徐々に近隣県に広がっていった。新型コロナ対策では、三密を避けるように言われているが、畜産の世界では、経済性を考えると多くの場合、家畜の「密集」と「密接」は避けようがない。それゆえ、ウインドレス(閉鎖型)畜舎を推奨するなど、むしろ三密状態にして外部と隔離する感染症対策が主流となっている。

 しかし、その閉鎖環境が突破された場合、一気に感染が広がる。いわゆるクラスターである。例えば、ジビエ料理などでよく問題になるE型肝炎という感染症があるが、厚労省の発表している資料を見ると、野生のイノシシの抗体陽性率が一〇~五 〇%なのに対し、ウイルスが検出された養豚場のブタでは抗体陽性率は一〇〇%となっており、集団で飼育されているブタの方が野生下で暮らすイノシシよりも圧倒的に高くなっているのがわかる。

野生と家畜と

 豚コレラは、野生のイノシシも感染することから、報道などではイノシシが感染拡大の犯人のように表現されることもあるが、豚コレラの感染拡大は、養豚場に出入りする車両へのウイルスの付着や、無症状の子豚の出荷、ネズミやハエなどの小動物による媒介も指摘されており、その感染経路は未特定だ。また、「清浄国」認定をめぐる関係団体・機関の思惑からのワクチン接種の遅れなども感染拡大を招いたと言われる。なんだか現在のコロナの状況といろいろ重なる部分もあるように思う。養豚場のような大規模食料生産施設があって初めて、現代世界の人口の維持が可能になっている。そういう意味では、そこで発生する感染症の問題が、人間社会で起きた今回のコ ロナ騒動の縮図のようになるのは当たり前かもしれない。アメリカやドイツの食肉処理場で新型コロナウイルスの集団感染が起きているというのもそういった現代の社会構造と無関係ではないだろう。ただ、人間と違ってブタの場合は一頭でも感染が確認されれば、その養豚場のブタは全頭殺処分されてしまうのだが。

 豚コレラは狩猟への影響も甚大だった。最初に発生した岐阜県では野生イノシシの感染も多数確認されたことから、一九年度の狩猟は全面禁猟となった。近隣の県では、対策を実施した上での狩猟は解禁されたが、今後はどうなるかまだわからない。 僕の暮らす京都でも今年の春についに野生イノシシの感染が初めて確認された。今シーズンの狩猟がどうなるのか、考えるだけで憂鬱である。

 感染が広がった地域の野生のイノシシの場合は、今後はおそらく弱い個体は死に、抗体を持った強い個体が生き残ってバランスが取れていくのだろう。岐阜の友人に聞いても、そんなに極端にイノシシの数が減っているわけではないという。また、豚コレラは人間には感染しないので、狩猟のことだけを考えれば、実はこれまで通り普通に猟をして捌いて食れまで通り普通に猟をして捌いて食べても何も問題はない。それが家畜への感染が関わってくると、突如として「問題」となるのである。

山と街の境界で子どもと暮らす

 長い休校期間中、我が家の子どもたちはずっと山で遊んでいた。焚き火をして湯を沸かしラーメンを食べる。ナイフで木を削って木刀を作る。近所の友だちとひたすら追いかけっこやかくれんぼをする。長男は今春で中学生だったが、学校が始まらないので、中学生らしさは全く感じさせず、みんなからも「小学七年生みたいなもんやなー」と笑われていた。

 かつてなら週末ごとに大型ショッピングモールに出掛けていた友人家族とも、近所の公園や河川敷で顔を合わすことが増えた。「なんか自粛期間に子どもたちと外で遊んでたら、なんだかこっちの方が楽しくなっちゃって」

 全国的にもコロナ以降、屋外でのレジャーが人気のようだ。また、リモートワークやオンライン会議などの急速な普及により、田舎への移住希望者も増加しているという。未知の感染症による予期せぬ社会変容は、多くの人々の仕事を奪い、生活を激変させることとなったが、直接的に大きな影響を受けていない人々にとっても、これまでのライフスタイルを見直す契機となっているのだろう。全国的な農林業などへの鳥獣害の増加に対し、狩猟者の減少が問題となって久しいが、そもそもの原因は地方の衰退、農山村の過疎化である。もしも、東京一極集中という国レベルの三密が少しでも解消される方向に進むのであれば、それは今回のコロナ禍がもたらした変化の中では最も良い方向のものだろう。働き方の多様化が進めば、自由な時間が増え、田舎で暮らしながら狩猟や農業を始めたい人も増えてくるはずだ。

 ただ、田舎に暮らしたからといって、感染症から無縁に暮らせるわけではない。僕自身も仕事をしながらの狩猟採集生活なので、仕事でトラックを運転して、人と接するときにはマスクをしている。車内には消毒薬も常備してある。子どもたちの学校も再開となり、様々なルールを守りながらの集団生活が始まっている。一方、山に入るときは消毒薬のニオイを洗い落とし、マスクを外して、嗅覚を含めた五感を駆使して獲物の気配を感じながら歩く。こういった山と街の暮らしのギャップに戸惑いながらも、感染リスクと向き合い、この時代を生きていくしかない。

 以前、知り合いの養豚場にイノシシがよく出没するというので、豚コレラの問題もあるためその対策を手伝ってほしいと頼まれたことがある。そこは古い豚舎だったので、こぼれた餌などを狙ってイノシシが寄ってきているようだった。夕方に豚舎の裏を見に行くと、数頭のかわいいウリ坊を連れたイノシシが豚舎沿いの地面をほじくり返していた。しばらくして僕に気づくと、親イノシシは山の方に走り出し、慌てたウリ坊たちがそこらをチョロチョロする様子が微笑ましかった。

 さて、冒頭の釣りの帰り道。家に着く前にどこかでアイスを買いたいとごねる子どもたち。仕方がないので、途中にあったコンビニに車を停める。マスクを装着して車を降りる。「自分たちでアイス選びたい~」「あかん、あかん。コロナで危ないからお店は一人で来てくださいって言われてんねん」

 適当なアイスを買って店から出ると、車で待つように言った子どもたちが外に出て遊んでいる。戻ってきた僕に気づいて慌てて車に飛び乗る。「なんだかあいつら、前に見たウリ坊みたいやな......」

 僕の暮らしは、時にはイノシシのようであり、ブタのように生きている時間もある。山と街の境界で暮らしているということを、コロナの時代に改めて考えさせられた。

 

〔『中央公論』2020年8月号より〕

千松信也(猟師)
〔せんまつしんや〕1974年兵庫県生まれ、京都在住。京都大学文学部在籍中の2001年に甲種狩猟免許(現わな・網猟免許)を取得した。伝統のくくりわな、無双網の技術を先輩猟師から引き継ぎ、運送業の傍ら猟を行っている。鉄砲は不所持。著書に『ぼくは猟師になった』『けもの道の歩き方』など。ドキュメンタリー映画『僕は猟師になった』が8月22日公開予定。