先生の中にタブーは本当にないのですか

年齢差50歳特別対談
筒井康隆(作家)×綿矢りさ(作家)

『聖痕』――受難の意味と苺のリゾット

綿矢 初めてご挨拶させていただいたのは、去年秋の谷崎賞のパーティの日、高橋源一郎さんの二次会でした。

筒井 あの時はごめんなさい。ゆっくりお話ししたかったのに、いろいろ邪魔が入ってしまって(笑)。今日はよく京都からお越しくださいました。

綿矢 こちらこそ、あらためてお目にかかれて嬉しいです。
 先生の新刊『聖痕』を面白く読ませていただきました。主人公の貴夫は五歳の時に、あまりの美貌ゆえに変質者に性器を切り取られてしまうという運命を背負うのですが、読んでいる時に、何がいちばん気になったかというと、貴夫に次はどんな受難が降りかかるのか、次はどんなひどい目に遭ってしまうのか、ということでした。粗暴な弟の登希夫や貴夫に懸想する男色家の土屋といった一癖も二癖もある人物が出てくるたびに、何かが起こりそうな予感がしてなりませんでした。途中で、この小説は悲しい話でも、主人公が苦難を乗り越えて成長する話でもないんだと気づいたのですが......。

筒井 ツイッターでもそういった感想を書いている人がいました。どうなるか、どうなるかと思っているのに、貴夫に心酔する人がだんだん増えてきて、貴夫は学業も優秀で、身体も丈夫になっていく。登希夫もいい子になる......面白くないじゃないか、興味の対象がだんだん減っていくとね。

綿矢 筒井先生のこれまでの作品にハラハラドキドキしてきた読者は、それがやみつきになっているから、脳内物質が早く出るようにならへんかなって思ったでしょう。その気持ちはわかるような気もします。

〔『中央公論』20139月号より〕

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