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『結婚アフロ田中』のりつけ雅春著【このマンガもすごい!】

倉持佳代子

評者:倉持佳代子

『週刊ビッグコミックスピリッツ』のご長寿連載「アフロ田中シリーズ」。アフロ頭の愛すべきバカ・田中の笑いあり涙ありのとりとめのない日常を描き続け、シリーズ累計巻数はもうすぐ六〇巻に。それだけに未読の人は読むのを躊躇するかもしれない。私がそうだった。

 しかし、ここ数年、結婚、出産などを経験するごとに、上司が激推してくるので、ついに読んでみた。結論から先に言う。猛烈に後悔した。腰の重かった自分に。どの話から読んでもなんら問題なくスルスル読めるではないか。

 私は最新シリーズの『結婚アフロ田中』第五巻から入ったのだが、何の前置きなしにすんなり入ることができた。特に、田中の妻・ナナコの出産回は抱腹絶倒だ。臨月のナナコとそれに付きそう田中は、元プロレスラー・北斗晶の「人生で痛かった瞬間BEST10」で、錚々たる痛そうな瞬間を抑え、「出産」が二位にランクインしていることに戦慄する。その後、恐れていた陣痛が。三位以下にランクインした「牛にアッパー」「新聞配達のバイクにひかれた」「アジャコングの裏拳」級の痛みがナナコを矢継ぎ早に襲うのだ。出産の壮絶さをこんな風に表現するとは......。こんなにリアルで笑える分娩シーンは他に見たことがない!

 この回で完全に心を掴まれた私は、全シリーズを一気に読破した。『高校アフロ田中』『中退アフロ田中』『上京アフロ田中』『さすらいアフロ田中』『しあわせアフロ田中』『結婚アフロ田中』と発表された順に読むのではなく、最新刊から遡る形で。

「アフロ田中シリーズ」は現実とほぼ同じ時間軸で進んでいる。約二〇年前の連載開始時、田中はよくいるモテない高校生で、性欲を持て余し、同じボクシング部の仲間たちと無為な日々を過ごしていた。高校中退後、定職につかずフラフラしたり、失恋してバイクの旅に出たり、旅先で路上詩人になったり......。様々なこじらせを経ながら、今や彼は娘のオムツを替えている。リアルタイムで読み続けた人はさぞかし感慨深いだろう。

 私のような新参者は残念ながらその臨場感を味わうことができない。だからこそ逆再生がおすすめだ。田中がいかに大人になったのか。あるいは何が変わらないのか。タイムスリップして、伏線を回収していくような味わいがある。例えば、田中が職場の後輩に童貞を卒業するためのアドバイスをするが、それはかつて自分が教えてもらった言葉だとか、そうした過去との小さいつながりを発見するのが楽しい。青春時代のリビドーやモラトリアムもより懐かしく感じられるだろう。

 現在、本作では現実と同じコロナ禍下だ。ソーシャルディスタンスを守りながら女の子を口説く田中の先輩・西田の恋愛、オンライン飲み会で巻き起こるズレなど、今だからこそ描ける笑いも。通読後はやはりリアルタイムで追っていきたい。世知辛い時代でも田中たちは変わらず生きている。ただそれだけなのに心底ホッとするし、元気がもらえる。アフロ田中の人生がますます愛おしく楽しみだ。

 

〔『中央公論』2021年4月号より〕

倉持佳代子
〔くらもちかよこ〕
京都国際マンガミュージアム研究員