エイプリル・フール、「戦艦大和」の吉田満に会う(一)

【連載第十五回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)
戦艦大和(天一号作戦時)
「僕は無智だから反省なぞしない」と語った小林秀雄の戦後の始まりとは。
敗戦・占領の混乱の中で、小林は何を思考し、いかに動き始めたのか。
編集者としての活動や幅広い交友にも光を当て、批評の神様の戦後の出発点を探る。

稀に見る「正直な戦争経験談」

「吉田満君の「軍艦大和」を原稿で読んだのは、確か一昨々年の夏頃であったと思う。大変正直な戦争経験談だと思って感心した。今度のものはよほど手を加えたものだと聞いたが、吉田君の人柄から思うに、根本は変っていないと考える。推薦の言葉を雑誌から求められたので以前読んだ時の印象を思い浮べるのだがやはり、大変正直な戦争経験談であるということで推薦の言葉は足りると思う。それほど正直な戦争経験談なるものが稀れなのは残念な事である」


 小林のこの推薦の言葉は大衆雑誌「サロン」の昭和二十四年(一九四九)六月号に掲載された。「創元」創刊号に掲載を予定していた時のタイトルは「戦艦大和の最期」で、「サロン」では「軍艦大和」と変わっている。「創元」では占領軍の検閲で日の目を見ることのなかった原稿が、タイトルも原稿も大幅に変わり、当初の文語体は、口語体に書き直されていた。この推薦の文面から察するに、改稿された「軍艦大和」は読んでいない。それでも推薦に躊躇することはない。「正直な戦争経験談」ということばを短い文章の中で三度も使っている。

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