「横のナショナリズム」が台頭し、「保守」が分散する時代に必要な国民の物語
- 分散する保守
- ナショナリズムは「縦」から「横」へ
分散する保守
――昨年のベストセラー『「あの戦争」は何だったのか』をはじめ、日本の近現代史を軸に言論活動をしてこられた辻田さんに、歴史観という観点から令和の「保守」を読み解いていただきたいと思います。最初に、戦後日本における「保守」の見取り図を教えてください。
わかりやすく政治の分野を例に取れば、戦後日本の保守といえば自民党でした。1955年、左右に分かれていた革新系の社会党が再統一したことを受け、対抗するために自由党と民主党による保守合同が実現しました。以来、経済振興を最優先に掲げる自由党系の保守本流と、安保や憲法改正などを重視する民主党系の保守傍流が生まれます。戦後日本の成長を基礎づけた池田勇人や佐藤栄作などは、みな保守本流に属します。
ところが90年代初頭にソ連が崩壊すると、様相が変わりました。まず革新系は、共産主義という大きなイデオロギーを語りにくくなります。「リベラル」と称するようになったのも、これが原因として大きいでしょう。また経済成長が鈍化することで、保守側も本流に代わって傍流が台頭します。いわゆる自民党清和会の流れで、それを象徴するのが安倍晋三氏でした。
その中で安全保障の問題が両者の対立軸としてますます先鋭化します。日本も世界の安全保障に積極的に貢献すべきとする保守側と、憲法9条を堅持すべきとするリベラル側。しかし冷戦終結後、北朝鮮は核武装し、中国は大きな軍事力を身につけるなど、東アジアの情勢は緊迫化していきました。どちらが現実に則していたかといえば保守側でしょう。かつては古臭くて頑迷と思われていましたが、そのイメージはしだいに払拭されていきます。対照的に、リベラルは現実から逃げているという印象が共有されていきました。その結果、保守が支持を集め、リベラルは存在感を失っていったわけです。
そうした変化を横目に、保守寄りの中道として第三極の都市型政党を目指す動きも出てきて、民主党が誕生しました。一時は自民党から政権を奪うほど党勢を拡大させます。
しかしそれだけの支持を集められたのは、大政党だった旧社会党から相当数を吸収したからです。そのため、本来であれば保守寄りでありながら、リベラルな政党と見なされるようになりました。その流れを受け継いだ立憲民主党も、日本維新の会や国民民主党など保守寄りの第三極を目指す政党が出てくると、ますます左派の位置に追いやられます。昨今の選挙では、共産党と協力して「立憲共産党」と揶揄されるに至ったことは周知のとおりです。