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五十嵐杏南 「ヤシの木の下で寝てはいけない」から得られる教訓 【著者に聞く】

五十嵐杏南

―学士号をカナダで、修士号をイギリスで取得されていますが、海外での経験が現在のキャリアに与えた影響はありますか。

 大学と大学院もそうですが、私は元々いわゆる帰国子女で、小学生の頃アメリカに四年間住んでいたんですね。アメリカは子供向けのサイエンスメディアが充実しています。例えば、ナショナルジオグラフィックの子供版があったり、サイエンスアニメを授業で観たり。そういうのに触れてきたなかで、ポピュラー・サイエンスに興味を持ったことは大きいと思います。


―本書が初の著書です。イグノーベル賞をテーマに選んだのはなぜでしょうか。

 最初は「身近な科学」を題材に考えていたのですが、パンチを利かせるために、テレビでも話題になって知名度も高い、イグノーベル賞を編集者に提案しました。海外の受賞研究は、詳細を含めて報道されることも少ないですから。そもそもの刊行のきっかけは、総合法令出版さんからお話を頂いたことでした。英語でリサーチし、海外の文献から出たインサイトを入れることができるためお声がけ頂きました。


―一推しの研究はどれになりますか。

「ヤシの木の下で寝てはいけない」という研究が、日本では話題になりませんでしたがディープだと思います。ヤシの実が落ちてくるのはわかっているのだけれど、それでも怪我をしてしまう人が怪我で来院する人のうち二・五%もいるという内容です。日本にも通ずるものがあると思っていて、要は一番の危険は日常に潜んでいることをリマインドしてくれる。高齢者がお餅を喉に詰まらせたり、お風呂でヒートショックになって亡くなったり、身近な落とし穴は結構多いんです。統計を見ると、不慮の事故は交通事故を除くと四割方、家庭内で起こります。


―イグノーベル賞受賞の研究のアイディアは、どのような時に着想されることが多い印象ですか。

 面白いことをやろうというよりは、自分が普段から行っている研究の中で、こんな疑問を突き止めたいという動機が出発点となるパターンが多いと思います。それが外から見れば「えっ」と思う結果になったりする。受賞する研究はほぼ他薦によるもので、創設者のマーク・エイブラハムズさんも、「狙って取るのは難しい」と仰っています。

 受賞者の中には、地味で学術的に注目されることはなかったけれど、かなり努力した研究で、そこに目を向けて貰えたのが嬉しいと仰る方もいます。特に印象的なのが、「五歳児は一日に五〇〇ミリリットルの涎を流す」との結論を導いた歯科医の先生です。五歳児相手なので、言うことを聞かないのがまず大変。実験自体も、食べた物を出してもらってそれを乾かして、乾かす前と後の重量を量りながらどれだけ涎が出ていたのかを調べる、ものすごい工数のかかる研究だったんです。本人は「目立たない研究だったのに、二五年も経った後でも光を当ててくれたのは光栄だ」と仰っています。当時は子供の虫歯が多く、口の中をきれいにする涎の役割をもっと調べてみようというのが動機だったそうです。


―ノーベル賞とは異なるイグノーベル賞の意義とは何だとお考えですか。

 好奇心は理由なしに持っていいことを肯定してくれる点だと思います。ノーベル賞は各分野で大きな功績を残した人に授与されるのに対して、イグノーベル賞は発想や努力を評価している。本の感想で多く寄せられたのが、「役に立つ・立たないとは別に、単に疑問に思ったから探求してみるのも大事だったよね、ということを思い出させてくれた」とのコメントです。とても共感しました。


―今後の活動について教えて下さい。

 英語圏向けに何か面白い日本のネタを書きたいです。これまで英語のメディアで大々的に取り上げられたのは、STAP細胞や原発事故関連等の記事が多いので、ロボティクスや水素エネルギーといった日本独自の強みも紹介できればと思っています。

 

〔『中央公論』2021年5月号より〕

五十嵐杏南
〔いからしあんな〕
1991年愛知県生まれ。サイエンスライター兼会社員。英インペリアルカレッジロンドン修士課程修了。専攻はサイエンスコミュニケーション。同カレッジ在学中に、NHK Cosmomedia EuropeやBBCでリサーチャーを務める。日本に帰国後、京都大学の広報官を経て、2016年からフリー。19年、一般社団法人知識流動システム研究所フェローに就任。