鳥は世界でどんな役割を果たすのか 川上和人【著者に聞く】
─小笠原諸島を中心に、鳥類の生態や保全の研究をされていますが、コロナ禍でも現地調査は実施していますか。
著書でも取り上げた、絶滅寸前のオガサワラカワラヒワという鳥がいますが、非常に危機的な状況にあります。この鳥の調査を一年間でも遅らせてしまうと、ただでさえ少ない個体数がさらに減ってしまうので、感染対策を取りながら、研究を進めています。
一方で、何万年もかけて進化してきた鳥の行動や性質の研究は、一年や二年で結果が変化するわけではないため、一旦休止しています。
─オガサワラカワラヒワは小笠原諸島に固有の種とのことですが、なぜ分布が限定されているのでしょう。
理由の一つは、小笠原の場所が地理的に非常に隔離されているからだと思います。例えば同緯度上にある沖縄は、北海道から続く日本列島に連なる。つまり、渡り鳥のフライウェイ(渡りのルート)になっています。すると、お互いに移動するため、固有化が起きづらいと考えられます。他方、本州から八二〇キロ離れた小笠原は距離的には飛べるのですが、一般的な渡りのルートから外れるので、一度入り込んだ生物が隔離されやすいと考えます。ちなみに小笠原に在来の鳥は一五種いますが、その八七%に当たる一三種は固有種、または固有の亜種です。
─鳥の絶滅要因で多いのは何ですか。
島という環境下で多いのが、外来の捕食者です。小笠原には長距離を泳げない哺乳類は元々いませんでした。そのため鳥の警戒心が弱かったわけですが、人間が住み始めることで、ネズミやネコが持ち込まれ、食べられてしまう。そのように絶滅する例が世界でも多いです。
─自然を守る意義として、生物に宿る「新たな知」の発見を挙げています。バイオミメティクス(生物模倣)もその一つと考えられますが、鳥が応用された実例を教えて下さい。
飛行機の翼の先端はウイングチップといって、上に少し持ち上がった形になっています。NASAが開発したそうですが、元々は鷹や鷲が飛ぶときに翼の先端が上がることから、アイディアを思い付いたと言われています。
もう一つはフクロウの例です。フクロウの翼の縁がギザギザしている部分をセレーションと呼びますが、このおかげで飛行時にできる空気の渦が小さくなって音がしなくなるのです。ネズミを襲うときに、音を立てて気付かれることのないよう進化したのですね。セレーションの仕組みは、新幹線のパンタグラフを支える支柱の側面に使われ、騒音対策として機能しています。
─鳥の進化で注目しているのはどんな点ですか。
研究の範疇から外れた興味の範囲では、ある種の進化よりも、恐竜から鳥類への大進化に興味があります。
研究的な関心から言えば、島の生態系がどう生まれ、変化し、今に至るかに一番注目しています。種レベルの進化というより、生態系や生物相レベルの変化過程のほうですね。いいモデルになるのが、火山噴火によって新しい陸地ができている西之島です。
従来説では、地衣類、植物、昆虫、鳥の順に生物が入ってくると考えられていました。しかし私が西之島の調査を通して考えているのは、最初にやってきたのは鳥だということです。海鳥は海で魚を捕るので、陸地に食物がなくても生活し、巣を作って繁殖します。すると、岩石だけの荒野のような所でも、海鳥が糞をすることで栄養が陸地に供給されます。島に有機物が持ち込まれることにより、植物が入り込めますし、鳥の死体を食べる分解者の昆虫もやってくる、という理屈です。
─今後の研究課題は何ですか。
空を飛ぶという非常に特殊な能力を持った鳥が、世界でどういう役割を果たすかの解明がテーマです。飛翔し、かつ、これだけ大きな生物は珍しい。しかも昆虫に比べて長距離を移動できます。鳥は、島と島、島と海を繋げる。あるいは、一日一〇〇〇キロを移動する能力を発揮して、島と大陸を繋ぐ可能性を秘めた生物なのです。
(『中央公論』2021年7月号より)
1973年生まれ。森林総合研究所チーム長。東京大学農学部林学科卒業、同大学大学院農学生命科学研究科中退。博士(農学)。『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』『そもそも島に進化あり』『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』『鳥肉以上、鳥学未満。』など著書多数。(撮影◯新潮社写真部)