「オリンピックの経済効果」は開催そのものと全く関係ないという事実
◆オリンピックの中止で莫大な経済的損失を被る?
来る7月23日にはオリンピック東京大会の、8月24日にはパラリンピック東京大会の開会式が行われる。新型コロナウイルス感染拡大やワクチンの普及等問題山積の中であることから、その開催の是非についてここまで長く議論が続いた。
その議論でしばしば話題に上がったのが「経済的影響」だ。
多くのメディアに取り上げられた東京都オリンピック・パラリンピック準備局の試算では、東京大会の32兆円の経済効果と、194万人の雇用創出効果が示されている。
一方で推計の影響か、同大会の中止が莫大な経済的損失を伴うかのようなイメージが定着している。
しかし、大規模イベントや施策につきものといってよい経済効果については少なからぬ誤解がある。「経済効果」は想定される事業規模や需要増加見込みを産業連関表という統計的なツールに代入することで計算される。この「需要増加見込み」が曲者だ。
◆「経済効果」についてまわる誤解を解く
東京都の試算では、大会の開催に伴い、14兆円の需要増加が前提とされている。
しかしその内訳をみると、交通インフラの整備、バリアフリー事業、スポーツ実施者・参加者の増加、大会後の観光客や留学生の増加といった「レガシー効果」とよばれる需要増加見込みが一二兆円を占める。
インフラ・設備の増加に経済を押し上げる効果があるならば、オリンピック等とは無関係に公共事業を増加させればよい。また、オリンピックや万博等のメガイベントによる誘客効果は、開催地の知名度が低い場合や、治安等が実態よりも悪いイメージの強い場合に限られる。
日本政策投資銀行と日本交通公社の訪日外国人旅行者調査によると、コロナ終息後に旅行したい国・地域として日本は欧米各国を抑えて首位にある。「これまで渡航先の選択肢に入っていなかった東京」がオリンピックによって「新たな渡航先候補」になることは想定しづらい。
大会開催によって直接発生するとされる2兆円分の需要も、純粋な増加になるとは限らない。消費に関してもオリンピック観戦のための旅行やグッズを購入した消費者はそれ以外の消費行動を抑制する可能性がある(例えばプロ野球観戦やJリーググッズの購入に影響するだろう)。
◆「オリンピックの経済効果」は開催そのものと関係ない
メガイベントの経済効果をめぐる先行研究を概観すると、その「経済効果」のほとんどは施設整備等の公共事業に由来していることがわかる。
東京大会の施設整備は既に終わっている。
オリンピックの経済効果はーーそれがあるとしたならば既に発現済みであり、その効果は大会が実際に開催されるか否かによって影響を受けない。
イベントの経済効果推計は、その実現に向けての説得材料としての効果は持つだろう。しかし、経済効果を過大に見積もったことが後の行動の自由度を下げる、いわば自縄自縛に陥る可能性がある点にも留意が必要だ。
一方で、オリンピックには独自の経済効果があるとする研究もある。理由の一つとして示唆されるのが、オリンピック開催地は大会の七年前に決定する点だ。
ひとたび開催地が決定されると、同地では七年近くにわたって継続的に公共事業が増大する。将来に向けて確かな需要拡大期待があれば、事業主はそれに備えて設備の更新や人材の採用といった準備をもってオリンピックまでの公共事業発注に応えられるため、経済効果も大きいわけだ。
オリンピックは経済効果のために開催されるわけではないが、オリンピックとその経済効果についての研究は、思わぬ副産物を示す。
事前に予定される公共事業の効果に注目すると、これからの公共事業発注についても重要な知見を提供しうるのではないだろうか。
経済学者。1975年東京都生まれ。明治大学政治経済学部准教授。東京大学経済学部卒業後、同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専門はマロ経済学、経済政策。『マクロ経済学の核心』など著書多数。