川勝徳重×石岡良治 令和マンガ事情――ジャンプ+、ウェブトゥーン、編集者の役割と新人発掘......

川勝徳重(漫画家)×石岡良治(早稲田大学准教授)

韓国発のウェブトゥーンの人気

──近年、マンガは紙よりもスマートフォンやタブレットなどで電子書籍として読まれる割合が増えています。韓国発のデジタルコミックである、縦スクロールのウェブトゥーンの台頭も話題です。


石岡 私の教える学生たちもウェブトゥーンには多く触れています。面白いのは、サブカルチャーやポピュラーカルチャー好きな学生たちが「日本のマンガは世界一」と言いつつも、実際に読んでいるのは韓国発祥のウェブトゥーンなんですよ。そういう人はウェブトゥーンを日本のものだと思い込んでおり、それくらい日常に浸透してしまっている。


──ウェブトゥーンはこれまで「横書き」が主流だった日本のマンガを一気に「縦書き」に変えてしまうのでは、とも言われています。


石岡 マンガを読むフォーマットとしてウェブトゥーンが席巻しているのは事実なんですが、この先、どれだけ広がるかはまだまだ未知数だと思っています。ウェブトゥーンはコマに光のエフェクトを加えるなど、ゲームのCG(コンピュータグラフィックス)のような効果が与えられています。動画的な効果を持つウェブトゥーンの表現は独自の発展を続けていますが、日本のマンガの標準的なフォーマットと完全に置き換わってしまう可能性は低いと思います。


川勝 マンガ家は「画工」みたいなところがあるので、出版社に「明日からウェブトゥーンに注力するから縦書きにしろ」と言われたら対応するしかない。現在、マンガをデジタルで制作している人の多くは「CLIP STUDIO PAINT」(以下クリップスタジオ)というソフトを使っています。これはマンガだけでなく、イラストやアニメも作れる。簡易的な3DCGも扱える。ウェブトゥーンを描くためのテンプレートも最近実装された。だから、マンガ家はちょっとした操作方法を覚えれば、それらしきものはすぐに描けると思います。


──クリップスタジオの普及によるマンガの創作現場の変化を、川勝さんは実作者として感じますか。


川勝 同じツールを使うので、多くの人が同じ線を描くようになってますね。だから少し意識の高いマンガ家は、描線の設定をカスタマイズして個性を出します。そこに藤本タツキが、プリセット(既存の設定)のままに見えるような描線で『チェンソーマン』を描いて、しかもその線がカッコよかったから、みな驚いたわけです。私はせっかくCGで描くならば、クリップスタジオ的な線をそのまま生かすべきだと考えていたので、とても励まされました。あと、絵の巧いアニメ作家のスタイルが、マンガに流れ込んでますね。そうした動きは以前からあると思うのですが、今はアニメーターとマンガ家が同じツールを使い、SNSで作品を見せ合うことで、新たな交流の形が生まれている気がします。絵柄に関してはYouTubeのハウツー動画の大きな影響力を感じます。内容も、私が10代の頃に読んでいた『マンガの描き方』『イラストの描き方』のような教則本とは比べものにならないほど良くなっている。ただそれは「マンガ」というよりも「カラー・イラスト」の描き方に特化したものが多い。ここでの「イラスト」は、カラーCGのアニメ調の人物画のことです。そのために現在、美術解剖学の本の出版ラッシュが起きている。「イラスト」の台頭により「マンガ」が特権的なものではなくなったことと、ウェブトゥーン人気は、どこか繋がっている気がします。


──従来の投稿とは異なる、新たな新人発掘の流れも出てきています。SNSのフォロワー数が10万人に達すると出版社から声がかかるという話も耳にします。


石岡 フォロワーの多さが一つのクリアすべき出版の条件になっているのでしょう。新卒採用において大学名で人を選ぶ企業のようなもので、フォロワー数が多ければおかしなことはしないだろうと。


川勝 SNSにアップしている作品がそのままポートフォリオになっているのでしょう。さらに日常的な書き込みを見れば作家の人となりや精神状態までわかってしまいます。恐ろしいことです。


石岡 私は現代美術家の知り合いも多いのですが、昔は自分でポートフォリオを作らない人もいました。でも現在は作ることが前提で、自作についてギャラリートークができない作家が生き残るのは難しくなっています。


──かつてだったら、作家のプロデュースやメンタル面のフォローは編集者や出版社の仕事だったように思いますが。作家自身にオールマイティなスキルが求められるわけですね。


川勝 作品を見ていても、読者へのフォローが細かいものが多いですからね。マンガの冒頭に、この物語において主人公が解決すべき問題や、彼/彼女の性格、境遇などの説明がビッチリ書き込まれているものなんか見ると、文字がやたら多くて読むのがいやになってしまうのですが、それだけ丁寧ということです。シド・フィールドやブレイク・スナイダーの脚本術が普及しすぎた、ということかもしれませんが。しかし凡庸な才能の人こそ、これをこなせないといけない。私はそれができないからダメだったんだな......。(苦笑)

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