『新書大賞2023』受賞・千葉雅也 今「現代思想」が求められる理由とは? 管理を強化し、誰も傷つかず、安心・安全に暮らせるのが本当にユートピアなのか

現代思想入門
千葉雅也

秩序の攪乱を拒否しないことで不安は鎮まっていく

たとえば机の上がめちゃくちゃだったら気分が悪いわけで、整理整頓したい。ところが、知人のアーティストから聞いた話ですが、机の上がキッチリ整理整頓されすぎていると、絵が「硬く」なってしまう。なので、むしろいい加減にしているのだと。

この感覚は僕にもわかります。人間が人工的につくり出す秩序ではない、何かもっと有機的なノイズみたいなものがないと、思考が硬直化してしまいます。

僕は机の上に植物を置いています。植物は自然の秩序ですが、同時に、人間の言語的な秩序からは逃れる外部を示している。植物は思い通りに管理できません。勝手な方向に延び、増殖もする。そういう「他者」としての植物にときどき目をやると、物事を言葉でがんじ搦めにしようとしてしまう傾向に風穴を空けるような効果があります。

動物を飼うのもそうですね。他者が自分の管理欲望を攪乱することに、むしろ人は安らぎを見出す。ここが逆説的なのです。すべてを管理しようとすればするほど、わずかな逸脱可能性が気になって不安に駆られるのです。

むしろ秩序の攪乱を拒否しないことで不安は鎮まっていく。だから人は恋愛をしたり、結婚したりもするのです。それは秩序をつくるためというより、攪乱要因とともに生きていくことが必要だからでしょう。 

※本稿は、『現代思想入門』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

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千葉雅也
〔ちば・まさや〕
一九七八年、栃木県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は哲学・表象文化論。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。著書に『動きすぎてはいけない』(河出文庫、第四回紀伊國屋じんぶん大賞、第五回表象文化論学会賞)、『ツイッター哲学』(河出文庫)、『勉強の哲学』(文春文庫)、『思弁的実在論と現代について』(青土社)、『意味がない無意味』(河出書房新社)、『デッドライン』(新潮社、第四一回野間文芸新人賞)、『ライティングの哲学』(共著、星海社新書)、『オーバーヒート』(新潮社、「オーバーヒート」第一六五回芥川賞候補、「マジックミラー」第四五回川端康成文学賞)など。
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