みの 80億"総ジョン・レノン時代"がやって来る...音楽史の転換点としてのビートルズ"最後の新曲"
音色の時代のトップランナー
19世紀末、エジソンにより録音再生技術が発明されると、音楽は録音芸術の時代に突入した。楽譜が記録媒体であった時代、音楽は演奏した次の瞬間に消えてしまうものであり、その場に立ち会った者しか鑑賞する術がなかった。
極端な例だが、私とショパンが同じ曲を弾いたとしても、楽譜上の情報は同じなのである。西洋では伝統的に、音楽は「リズム」「メロディ」「ハーモニー」の三原則からなると定義されてきた。レコードが登場すると状況は大きく変わり、コンサートに出向かなくとも誰でもカラヤンとバーンスタインの指揮を聴き比べ、その違いを論じることが可能となる。オタマジャクシには記録されない個性、を楽しむ時代の幕が開けた。
チャーリー・パーカーの烈火の如きインプロヴィゼーション、高橋竹山の眩惑的な三味線捌き、アレサ・フランクリンの天を衝くようなシャウト、これらのずば抜けた個性は楽譜上では記録しきれない情報である。20世紀以降の人間はそれを鑑賞することに喜びを見出していた。
ビートルズも同様だ。陰陽のように好対照の声色を持つ、ジョンとポールのハーモニー。キャラクターの違う両者が手を取り合うからこそ、普遍的な愛を歌うときに真実味を感じられる。それが甘美な魔法を生み、人々を熱狂させたのだ。コード進行などの楽理的分析では捉え切れないXファクターが、音色には宿るのである。
さらに、音色は加工を行うことで新たな魅力を発揮する。一番ありふれた加工方法はリバーブ(残響)やエコーを足すことだ。カラオケでいまいち興が乗らず、こうしたエフェクトを操作することで解決を図ったことがある人も多いだろう。
ビートルズは、音色加工の時代をトップランナーとして駆け抜けた存在だ。ヴォーカル・メロディを2度ダビングすることで迫力を出す、逆再生のテープで特殊効果を生む、猛スピードで走り抜ける自動車の効果音を使用し臨場感を出す。優れた作曲だけに留まらず、録音技術の先端を常に模索し、音色を加工することで斬新なサウンドを生み出してきたのだ。
これまで音色上での様々な革新的アイディアを生み出してきたビートルズ。かれらの「最後の新曲」が、最先端の音色加工であるAI技術を用いたものであるのは、非常に示唆的である。AIはあくまで、もともと存在するジョンのヴォーカルをクリアに抽出したものと謳われているが、果たしてどうだろうか。虫食い状態になっていた録音の傷みを補完するように、ジョンの声色を学習したAIが大いに補修工事を行っていると私は睨んでいる。実際にオリジナルのデータが占めた割合はどの程度なのだろうか。真相は不明だが、仏舎利のように「およその構成物がまがいものであっても、それを真として扱う」というような状況になっていると私は推察している。
こうなってくると音色上の価値は、AI技術のもとに民主化、並列化され、あらゆるサウンドの価値が横並びになってしまう。鼻歌のメロディを録音し、AIに「ジョン・レノン風で出力しなさい」と指示すれば、それを入手することができる。AI技術の圧倒的進歩により、優れた音色を生み出すことが特権ではなくなり、誰しもが平等に入手することが可能になる。80億〝総ジョン・レノン時代"。そんな未来がすぐそこまで来ているのだ。