角幡唯介「私の極地探検の眠り事情」

角幡唯介(作家・探検家)
写真提供:photo AC
 生命維持に欠かせない睡眠。北極を長期間旅する探検家はどんな環境で寝ているのか。外界の脅威とは。角幡唯介氏がエッセイで伝える。
(『中央公論』2024年9月号より抜粋)
目次
  1. 意外と快適なテントのなかのベッド
  2. 就寝中の警戒

意外と快適なテントのなかのベッド

 10年以上北極圏で長い旅をつづけている。2011年の初めての北極では出発して日があさい段階で寝小便をもらした。外気温は氷点下40度。呼気が凍結し、テントの生地に霜ツララがぶら下がるほどの寒さに自律神経が失調したのだろうか。睡眠中、失禁した感覚でハッと目が覚め、まさか......とパンツをまさぐると案の定ぐっしょり濡れていた。もういい大人なのに寝小便とは、さすがにショックで、旅の相棒だった友人冒険家に気づかれないかとヒヤヒヤもんだった。ちなみにその寝小便パンツは2ヵ月後に村に着くまではきっぱなしである。

 寝小便をしたとはいえ、基本的に寒さ対策は万全で、旅の間は暖かい寝袋にくるまり安眠するよう心がけている。極地の旅は寒くて狭いテント暮らしが2ヵ月間延々とつづき、睡眠中に寒さを感じるようではとてももたないからだ。それに橇(そり)を引いて旅をするため登山ほど軽量化を考えなくてもいい。長期間の旅では、湿ると保温力がなくなる羽毛より化学繊維のほうが優れており、綿のたっぷりつまった重さ2キロほどある布団みたいな寝袋をつかっている。

 徒歩ではなく犬橇で旅するようになってからはさらに軽量化を気にしなくなり、この冬はテントのなかにコット(キャンプ用のベッドで、重さは1キロ少々)を入れて、そのうえにカリブー(トナカイ)の毛皮をしいて寝た。暖気は上昇し、冷気は下降するため、すこしでも高さがあったほうが暖かい。コット特有のほどよい生地の弾力とぬくぬくとした毛皮の組み合わせは抜群に快適で、正直、家のベッドよりも気持ちがいいぐらいだった。

 年齢のせいもあって、生活をできるだけ快適にしないと旅がきつくなってきたのは事実で、最近では地元民であるイヌイット式のテントが欲しくなってきた。

 彼らのテントは、私が使うようなポールを差し込んで立てる自立式のドームテントとちがい、住居型だ。家のかたちをした生地を、棒状の狩猟道具や鉄の棒を支柱にし、床の半分は橇のうえに広げて張る。橇がベッド兼椅子になり、寝ていないときは橇に腰掛けられるし、四六時中、テントのなかでストーブを焚いているので暖かい。テントというより移動式の住居といったほうがいいかもしれない。風に弱いなど欠点もあるが生活は快適そのもので、彼らと旅をするといつも自分のテントに戻るのが憂鬱である。

 ただし、いくらテント生活を快適にしても避けられない危険がある。野生動物の襲来である。

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