不確実な時代こそ日本再生のチャンスだ――アジア開発銀行(ADB)総裁が語る世界経済、アジア、そして日本

(『中央公論』2025年8月号より抜粋)
――アメリカの為替・関税政策で世界経済に混乱が生じています。背景には何があるのでしょうか。
現下の未曾有の不確実性は、実物経済に悪影響を与えています。貿易の縮小やサプライチェーンの混乱だけでなく、企業は不確実性を嫌うので投資は様子見になり、これがさらに需要を減退させる。加えて、金融への波及、つまり、リスク回避センチメントやボラティリティ(価格変動)の拡大はより深刻です。貿易政策の日替わりの変化などにマーケットは一喜一憂し、それを利用した投機が株式、債券、為替市場の過度な変動を加速しています。地政学的緊張の悪化もあり、一般投資家や消費者も弱気になっています。アジアでは1997年、新興国通貨が大幅に下落し、資本流出や対外債務負担が急増したことがありました(アジア通貨危機)。当時より各国経済は強靭ですが、未曾有の不確実性だけに心配です。
とはいえ、これらは表面的現象にすぎない。問題の根は深く、数百年に一度の産業革命であるデジタル革命などを背景に、人間の行動様式、社会構造が激変したという、いわば人類史的変容です。
技術革新やグローバリゼーションの煽りを受けた労働者、ひいては中間層が没落し、不満を募らせた結果、世界中でポピュリズムやナショナリズムが台頭。そこにソーシャルメディア(SNS)によるフィルターバブルやエコーチェンバーの影響も加わり、社会が急激に不安定になったのです。
国家や産業のヘゲモニー(覇権)も歴史的変容を遂げています。新興国、特に中国の勃興によって地政学的バランスがシフトし、緊張が高まっています。経済学的には、アメリカの「双子の赤字」、過小貯蓄と過大消費による財政赤字と貿易赤字が解消されない限り、好転は見込めません。対岸の中国は、かつての日本のように内需不足で輸出超過になっています。状況はすぐには変わらないし、元に戻ることはないでしょう。
(中略)