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探検家、文化人類学者に会いに行く

なぜ人は極北を目指すのか?~イヌイットの生活と歴史
岸上伸啓(国立民族博物館教授)×角幡唯介(作家・探検家)

西洋の価値規範が問う捕鯨

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角幡岸上さんはイヌイットのクジラ漁についても研究されていますが、イヌイットは最近の捕鯨規制をどのように受け止めているのですか。

岸上イヌイットは、捕鯨規制に声高に反対運動をしたりはしませんが、やはり複雑な思いでいると思います。今、欧米人が主張する捕鯨規制は、彼ら自身のクジラ観が変わった結果、できたものです。一つは十六世紀頃から商業目的として、主に油の採取のために乱獲し、いくつかの種のクジラを絶滅させてしまったことへの反省がある。もう一つは動物保護の観点で、クジラは知能が高いから苦痛を与えて捕殺してはいけないという考えが広まったことがあります。

角幡とはいえ、人間は殺生せずに生きていくことは難しい。知能が高いから殺してはいけないという理屈で結論づけるには無理がありませんか。日常的に食べられている豚だって相当に知能が高いと言われている。けれど、狭い柵に閉じ込めて飼育し、若いうちに屠畜するわけです。豚はよくて、クジラがダメという理屈には整合性がない。もう一つは歴史文化です。イヌイットはずっとクジラを獲り、食べて生きてきた。生活に必要な分を獲ってきただけ。伝統的な生業としてクジラを獲ってきた人々には、その権利が認められるべきだと感じます。

クジラ漁に出るアラスカ北西部沿岸の先住民イヌピアット。2010年撮影(写真提供◎岸上伸啓)

岸上私は先住民捕鯨でも商業捕鯨でも、クジラの絶滅を回避しつつ、食べるために獲るのであれば問題ないと考える立場です。
 一方の捕鯨反対運動には、大きく三つのパターンがあります。一つは動物福祉を理由にするグループで、クジラ・イルカ保護協会や国際動物福祉基金などです。知能あるクジラに苦痛を与えてはいけない、他の家畜の食用飼育であっても、みだりに苦痛を与えないようにしなければならないと考えますが、先住民捕鯨は例外的に認めます。二つ目は動物解放運動グループで、シー・シェパードがこれに含まれる。人間と同等に動物も生きる権利があるとし、すべての捕鯨に反対します。三つ目は予防原則の団体で、グリーンピースや世界自然保護基金(WWF)などです。深刻な環境被害が予想される場合には、科学的因果関係が明確に立証されなくとも対策を講じるべきだとします。科学的管理を遵守するならば、先住民捕鯨には反対しません。

角幡日本は今年六月末に国際捕鯨委員会(IWC)を脱退して、七月から商業捕鯨を再開しました。これについてどうお考えでしょうか。

岸上お答えするのは難しいですね。今まで日本は、IWC加盟国として南極海で調査捕鯨を行い、調査した後のミンククジラを販売し、食べてきました。IWCを脱退したことで、排他的経済水域内の近海で商業捕鯨が自由にできるようになった。しかし、それでも捕獲数に関する厳しい算定方式があって、その上限内での捕鯨です。すると実は、調査捕鯨時より捕獲できる量が少ない。さらに南極海のクジラは良質なエサを食べているので、安全で美味しい肉が取れた。捕鯨に関して言えば、質・量ともに落ちるかもしれません。あえてメリットを挙げれば、近海での捕鯨ができるようになったことで、冷凍せず、生のままでの販売が可能になりました。生肉の流通は一つの変化です。
 日本のIWC脱退は政治的要素が大きいのでしょうね。今の日本において、クジラ漁に関心のある人はそれほど多くはありません。しかし、国会で捕鯨の推進に関する決議をすると、党派関係なく、ほぼ満票になるのです。民主主義の国ではありえない数字だと思います。つまりは外圧への反発、日本の文化や食べ物に口出ししてくるな、という怒りがあるのだと思います。

角幡日本と欧米とで、長らく感情的な対立になっていますね。

岸上はい、感情や立場が複雑に絡み合い、非常に難しい問題になっています。日本を含め、多くの国は民主主義の下にありますが、政治力、経済力を持っているグループが多数派になると、一気にそちらに価値規範がなびいてしまう。声が大きい人が勝ち、少数派は非常に苦しい立場になります。
 確かに、ある宗教や民族には女性蔑視や暴力が容認される風習があったりして、人権についての理解を促さなければならないこともあります。一方で、西洋の価値規範をすべての人々に強要していいのかという問題もある。文化人類学を研究する一人として非常に悩むところですが、重要なのは、バランスを取ることなのだと思います。個別の文化も尊重されなければならないし、あらゆる人が持つ人権も尊重されなければなりません。社会や経済、文化は時代とともに変わります。価値規範も変わる。だから捕鯨についても、一般化できる答えはないのだと思います。

角幡今は圧倒的に西洋の価値規範が強いから、欧米人は異文化の人々に対して無自覚に自分たちのルールを強要するところがある。文脈は異なりますが、僕が探検や山登りを続けてきたのも、時代の常識や価値に、異論を唱えたいところがあるからです。合理性や効率から離れたところに、生のダイナミズムがあるのだと思います。イヌイットの歴史や文化について、また教えてください。



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岸上伸啓(国立民族博物館教授)×角幡唯介(作家・探検家)
岸上伸啓(きしがみのぶひろ)
1958年高知県生まれ。81年早稲田大学第一文学部卒業、89年カナダ・マッギル大学人類学科博士課程中退。早稲田大学助手、北海道教育大学助教授等を経て、2005年より現職。18年から人間文化研究機構の理事も務める。専門はカナダ・イヌイットの社会変化、捕鯨。著書に『イヌイット』編著書に『北アメリカ先住民の社会経済開発』『捕鯨の文化人類学』など。

角幡唯介(かくはたゆうすけ)
1976年北海道生まれ。早稲田大学卒業後、朝日新聞社入社。同社退社後に執筆した『空白の五マイル』で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、梅棹忠夫山と探検文学賞を受賞。著書に『雪男は向こうからやって来た』(新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方』(講談社ノンフィクション賞)、『極夜行』(大佛次郎賞)など。2020年10月に『そこにある山』を刊行。
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