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オリオン・クラウタウ ノストラダムスから聖徳太子へ!? 五島勉による終末論の行方

オリオン・クラウタウ(東北大学准教授)

日本の救世主を求めて

 73年の第一作を刊行後、五島は98年――すなわち予言上の「人類滅亡」の前年――にいたるまで「大予言」シリーズを発表し続け、全部で10冊にも及んだ。五島による「恐怖の大王」の解釈も、当初の超光化学スモッグから離れ、時代とともに変化していった。そして80年代以降の続編では、第一作からすでに見られた、「人類滅亡」とは異なる結末へと導くものとしての「東洋」精神の可能性を強調する傾向が次第に強まる。

 例えば、73年『大予言』の付章で、五島は次のように述べる――「仏教には、人間は主体的な意志で運命を変えられる、という強烈な思想がある。これは、仮りに未来が定められているにしても、人間一人一人が内部変革につとめ、外の世界をも変えていけば、すでに決まっている運命でさえひっくりかえせる、というもので、キリスト教にはない考え方である」と(230~231頁)。そして81年の『大予言Ⅲ』からは、五島はより積極的に、日本の存続問題に主眼を置いていく。その展開として彼は82年の『大予言Ⅳ』で、人類を救い得る「別のもの」――来たるべき「天使人類」――は「日の国」から現れると説く(213~215頁)。当初は「滅亡」から逃れる方法として仏教思想の可能性を軽く述べたに過ぎない五島は、約10年後には、日本から救世主が出現するのだと主張しはじめたのである。

 この五島のノストラダムス論に接し、「我こそ救世主だ」と考えた人物もいた。阿含宗の桐山靖雄やオウム真理教の麻原彰晃など一部の「新々宗教」の教祖が、70年代からポピュラーとなった五島のような終末論に影響を受けつつ教理を構想したことは、これまでも言われてきたことである(宮崎哲弥「すべては『ノストラダムスの大予言』から始まった」)。80年代にこのような団体が次々と拡大して社会に影響力を有していくにつれて、恐らく五島も自身の責任に気づいていったと考えられる。その動向は、彼が仮想の日本人救世主から離れ、それを具体的な日本人救世主たる聖徳太子に託そうとした一因となったであろう。前掲の「TOCANA」記事で参照される五島の著作は、まさにそうした彼の代表的な主張である。

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