パンデミックは都市災害だ 世界一危険な東京を救え!~欧米の事例から日本の危機管理を考える~

河田惠昭(かわた よしあき)

パンデミックの正体は都市災害

 中国発の新型コロナウイルス感染症が日本に、そして世界に広がり、甚大な被害を及ぼしている。世界保健機構(WHO)は感染症の世界的流行を意味する「パンデミック」宣言をした。しかし、ここで留意したいのは、感染症の流行はウイルスが引き起こす自然由来の災害だが、パンデミックとなると「都市災害」でもあるということだ。筆者は、世界の都市災害を最前線で研究してきた。以下では、都市災害としてのパンデミックを考察したい。


 都市の災害は、その街と被害の規模の大きさによって小さい順にそのレベルを、都市化災害、都市型災害、都市災害、スーパー都市災害と変える。そして都市の災害は、自然のみを要因とするわけではない。1990年代以降、大規模なテロ事件の発生に伴って懸念されるようになった「CBRNE(シーバーン)」がある。つまりテロリストが、有毒物質などの「化学 chemical」、病原体などの「生物 biological」、または「放射性物質 radiological」「核 nuclear」、「爆発物 explosive」を使って甚大な災害を引き起こすことだ。ちなみに感染症によるパンデミックは、人為的に引き起こされるものではないが、CBRNEの「生物」に準じるものとして検討される。


 これらCBRNE災害が都市で発生すると、当然ながら、甚大な人的被害と社会経済被害が生じる。その被害は、都市の人口が多いほど、人口密度が高いほど大きくなる。感染症の被害規模もこれと同様に考えられる。


 行政の統計などで使う区分、「都市的地域 (urban area)」で見ると、「東京(東京=横浜圏)」の人口は約3800万人で、世界1位である。インドネシアのジャカルタ(約3400万人、2位)、インド・デリー(約2800万人、3位)、アメリカ・ニューヨーク(約2100万人、8位)と比較しても、いかに東京の規模が大きいかがわかるだろう。つまり、爆発的な感染症の拡大が発生した場合、最も危険なのは東京ともいえる。


 そして周知の通り、新型コロナウイルス感染症の拡大は、現在、感染源を特定できないウイルス拡散過程に入っている。ここで東京が爆発的感染拡大状態に陥れば首都機能が麻痺し、世界初の「スーパー都市災害」になるだろう。ちなみに筆者は、今ある事態は災害であると判断し、4月6日の朝、内閣府の防災担当の高官に、政府は一刻も早く「緊急事態宣言」を出すべきだと連絡し、本稿の原案をメールで送った。


 後述するが、世界で最初の都市災害は1995年、神戸市を中心とする阪神・淡路大震災だった。2度目は2001年、アメリカ同時多発テロのニューヨーク、そして3度目は2012年にニューヨークを襲ったハリケーン・サンディ、そして4度目もニューヨークで、今回のコロナウイルスの猛威である。


 ここからは欧米先進国の危機管理体制を紹介し、感染症拡大の制御を考えたい。

なぜアメリカは感染症拡大防止の初動に失敗したか

 戦争に勝利するには、戦略と戦術が必要である。これは古今東西を通じて真理である。しかし、今回アメリカはトランプ大統領の初期の判断が甘く、戦略を誤った。国家非常事態宣言が三月十三日と随分後手に回ってしまったのだ。


 アメリカでは今回のような感染症の拡大事案は、連邦緊急事態管理庁(FEMA)が実施する15のESF(Emergency Support Function、応急対応業務)の第8:公衆衛生・医療に該当し、保健福祉省が主要調整機関となって、CDC(Centers for Disease Control and Prevention、疾病予防管理センター)やNIAID(National Institute of Allergy and Infectious Diseases、アレルギー・感染症研究所)の連携協力の下で意思決定を行う。


 アメリカのCDCは、我々が普通に想像するような単なる研究センターではない。職員1万5000人、年間予算1兆3300億円(2019年)を持つ総合研究機関で、感染症の制御のほか生物化学兵器の研究にも携わり、軍産実務機能を有する国家安全保障上の重要施設なのである。また、アトランタのCDC本部は、大統領がワシントンで指揮命令できなくなった時の代替施設の機能も併せ持つ。その中央司令室は、四面コンクリート壁で窓がなく、出入りは鉄扉一枚のみ。そして、中央部に大きな円卓が置かれ、大統領が着席する椅子も決まっている。


 これほどの研究機関を持つにもかかわらず、トランプ大統領は、コロナウイルス感染症がアメリカ国内で拡大するまで、大変楽観的な意見を繰り返した。それは国家非常事態宣言後も、3月15日の「我々は素晴らしく制御できている」との発言まで続いた。


 ウイルス感染の制御がなぜ難しいかというと、ウイルスの拡散方程式に含まれる拡散係数と、致死率の事前の推定が非常に難しいためである。実験や数値シミュレーションだけでは、スケール効果(規模の違いからくる実験やシミュレーションと現実とのずれ)の計測まではできない。しかし、今回は1000万都市、中国・武漢での感染症拡大がエピデミック(地方での感染症流行)として先行していた。当地での爆発的拡大は、1月10日頃から1月25日の春節に向けての大型連休がきっかけである。つまり、中国の数字、たとえば18日に開催された伝統的な大宴会「万家宴」に集まった人数や、会場空間の大きさ、その後の感染率や死亡率の推移、患者の年齢構成などの数値をAIに入力すれば、拡散係数と致死率の推定はそれほど難しくはない。アメリカの能力をもってすれば、中国の実態に迫った数値を入手することもできるはずだ。にもかかわらず、トランプ大統領はCDCやNIAIDの助言があったとしても軽視し、それによってアメリカの初動が遅れたと考えられる。


 3月20日時点で、55%のアメリカ国民が今回の大統領の措置を評価しており、1週間で支持が12ポイント上昇とメディアが伝えているが、それは国民がここで紹介した状況を知らないからである。流行がある程度落ち着けば、検証が行われるはずだ。

ニューヨークの感染症拡大は都市災害

 筆者は長らく災害研究をしてきたが、今からおよそ35年前、40歳の頃から都市災害に集中して研究を進めた。その最初の成果は、都市人口の増大とともに、都市化災害、都市型災害、都市災害と、災害規模も大きくなることを明らかにしたことだ。予見した都市災害は8年後に世界で初めて阪神・淡路大震災となって発生した。予見はできたが被害軽減には至らなかった。だから、一歩進めて対策を攻究するようになった。


 そして2001年のアメリカ同時多発テロ事件である。ニューヨーク市だけで約2800名の犠牲者と約14兆2000億円の被害が発生した。CNNのキャスターはこの事件直後、「Urban disaster (都市災害)」が起きたと叫んだ。自然災害であろうとテロであろうと、大都市における大被害への対応には共通するものがある。それを研究しなければならない。


 3番目もニューヨーク市だった。2012年のハリケーン・サンディによる高さ4メートルの高潮で、マンハッタンのウォールストリートのビジネス街を含む南部地域が水没し、そこに位置する地下鉄八駅や、すべての道路トンネルで浸水・水没被害が起こり、同市を中心におよそ8兆8000億円の社会経済被害が出た。しかし、死者は米国とカナダで132人に抑えられた。なぜなら、事前にタイムライン(防災行動計画)を告知することに成功したからである。


 わが国のメディアは、死者が少ないと大きな災害ではないと誤解してしまうため、ほとんど報道されなかった。しかし、筆者が団長となった防災関連学会と日本政府による合同調査団は、同時多発テロ事件と高潮災害による2つの都市災害の現地調査を実施し、その成果を還元してきた。国土交通省が2014年度から一級河川を対象にタイムラインを策定したのがその一例である。


 今回の感染症拡大はどうか。膨大な数の感染者を出しているニューヨークと武漢の共通点は、社会経済活動が多重ネットワーク状となり、人の流れも物流も多くの部分で重なっていることだ。都市災害は、暴露人口が極めて多いという特徴がある。阪神・淡路大震災では、震度6弱以上の揺れに襲われた地域に約350万人が居住しており、同時多発テロの標的となったニューヨークのワールドトレードセンターの昼間人口は約5万人、ニューヨーク市の人口は約840万人であった。


 すでにミラノやベネチア、ロンドン、パリ、ベルリン、ロサンゼルスやモスクワでは患者が急増しており、そして東京も要注意である。予防ワクチンが未開発な状況では、できるだけ外出を控え、人込みを避けるなど対人接触を抑えて、ウイルスの拡散過程から身を遠ざけることが重要である。

同時多発テロが変えたアメリカの危機管理システム

 2001年の同時多発テロを未然に防げなかったことは、FEMAを中心としたアメリカの危機管理システムの大失策であった。アメリカ史上、国内で1000人以上が犠牲になった攻撃はこのテロが初めてだっただけに、その衝撃は極めて大きかった。なぜ、このテロが防げなかったのか。最大の理由は、軸足を事後対応に置いていたからである。テロが起こる前兆がいろいろとあったにもかかわらず、見逃してしまった。そこで事件後に、事前対応を中心とする組織再編がなされ、FEMAはそれまでの大統領直属の機関ではなく、新たに設けられたDHS(Department of Homeland Security、国土安全保障省)の一部局に格下げになった。


 しかし、この新体制で迎えた2005年のハリケーン・カトリーナの襲来では犠牲者が1800人以上となり、80年ぶりに犠牲者が1000人超となる自然災害となってしまった。この災害の検証作業によって、情報システムの活用に失敗したため被害が大きくなったことが明らかになった。カトリーナは超大型のハリケーンであったため、広域災害となり、時空間的に被害が変化したのに対し、情報活用に時間差や地域差が発生し、大混乱が生じたのである。


 2012年のハリケーン・サンディ災害では、カトリーナの惨劇を教訓としてFEMAの事前対応がタイムラインなどに生かされ、見事に人的被害を少なくすることができた。米国では、大災害が起こっても社会経済被害のおよそ90%以上が各種保険でカバーされるので、ほとんど国家的な問題とはならない。アメリカの危機管理能力の高さを考えると、本来であれば、感染症の爆発的拡大の危険性の判断を初期の段階で誤るとは考えられないのである。

ヨーロッパ先進国の危機管理の特徴

 4月14日現在、コロナウイルスの感染者数が8万人を超える国は、多い順にアメリカ、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス、イギリス、中国である。イタリアは以前から医療体制の脆弱性が指摘されていたが、同じくG7の先進国、ドイツ、フランス、イギリスまでもが揃って含まれている。これら三国には原子力事故や災害などの発生時に担当する省庁などを決めた緊急事態条項に相当する法律があるが、今回のような爆発的な感染症の拡大はいずれも想定していなかった。したがって、独自の緊急事態条項を設け、今回はたとえば、外出禁止令などの新法を施行するなどして対応している。


 筆者の研究グループは、これらの国の危機管理体制を現地調査してきたので、簡単に説明しておきたい。


《ドイツ》  ドイツは連邦国家で、国防は中央政府が担うが、災害などを対象とした緊急事態計画・管理は各州政府が担当する。大規模災害発生時には、州政府の内務大臣をトップとする災害対策官庁が担い、州をまたがる広域災害の場合は各州の内務省参加の会議を開催して、役割の分担などを決定することになっている。原子力、生物、化学関連事件・事故の場合は、消防隊(常備消防:全国で約2万7000人)と消防団(ボランティア:同約100万人)が出動する。大規模な消防団の活動はドイツ独自のものである。
 1968年に連邦政府により、緊急事態条項を加える基本法改正案が提案されて成立し、緊急権制度が導入された。その特徴は、緊急命令の乱用によって政府の独裁を許さないよう、緊急事態においても、連邦政府に緊急命令制定権を与えず、連邦政府の措置をできる限り議会及び連邦憲法裁判所の統制の下に置こうとする点にある。さらに、1970年から施行された「大災害からの保護措置の拡大法」では、それまでの防災対策が完全に州の管轄とされていたのを、資金面と教育面において連邦政府がこれを補佐し、積極的に関与することになった。これに則った形で、連邦政府と各地方行政府との連携が進んだ。
 メルケル首相は3月18日に声明文を発表し、ついで記者会見で、つぎのように述べた。今後、同じ世帯に住んでいる人々や、業務上の集まりを除く3人以上の集会が禁じられることや、警察が市街を見回り違反者は見つかり次第罰せられること、この規則はドイツの全州に適用されて、少なくとも2週間は続けられることとした。


《フランス》  フランスは中央集権国家としての歴史を持つ。日本の市町村数は1741だが、フランスの市町村は3万6569にも及ぶ。行政区画が細かいが、それでも統制が取れていることが特徴である。
 一方、1970年代末から地方分権化が進み、災害や火災などの危機管理については、市町村長が最初に対応することとなっている。危機の規模が大きくなるにつれ、その上位の県知事(知事は中央政府が任命する)、さらに大規模な場合は防衛管区長官が対応し、さらに上位に内務大臣と国防大臣が位置する。
 フランスは議院内閣制と大統領制の両者を併用し、大統領が首相を任命する(国民議会の多数党から選出する場合もある)。また、第五共和国憲法第16条で、大統領の強い非常措置権を規定している。
 マクロン大統領は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、3月17日から全土で外出制限を実施すると発表。外出制限の期間は17日正午から5月11日まで延長された。移動は必要最低限の買い物や、在宅勤務ができない人の通勤などに限定され、違反者には最大135ユーロ(約1万6000円)の罰金を科すとしている。同大統領は演説で、「私たちは(ウイルスとの)戦争状態にある」と何度も強調し、国民の移動を制限する異例の措置に踏み切ることへの理解を求めた。


《イギリス》  イギリス政府の危機管理体制は、1920年の国家緊急権法にさかのぼり、1964年に緊急事態の要件が「人物の行動」から「事件」に変更され、自然災害にも対応できるようになった。2004年の市民緊急事態法により、危機管理は首相直轄組織のCCS(Civil Contingencies Secretariat、民間緊急事態事務局)が担当し、官僚の最高ポストである内閣官房長官の統括のもと、総合危機管理を推進することになった。実際に災害が発生した際には、必要に応じて内務大臣を長とする民間緊急事態ユニット(Civil Contingencies Unit, CCU)が設置され、主導官庁を決定する。
 しかし今回は、イギリスの感染症対策が円滑に作動していないことが判明した。まだ感染拡大が爆発的になる前にチャールズ皇太子が感染しただけでなく、ボリス・ジョンソン首相、マット・ハンコック保健相まで罹患した。イギリスは、今回の感染症における死亡率が、イタリアと同程度に高い。これは感染症拡大に対する危機管理体制に問題があり、特に医療システムがネックになっているためと推定される。
 筆者がイギリスを訪問したとき、体調が悪くなったり、自分が病気になっていると思っても、すぐに地域の医療施設や病院に駆けつけることはできなかった。電話で111を回し、医療的な指示やアドバイスを得なければ診察してもらえないからである。余談になるが、息子がオックスフォード大学に留学中、耳の調子がおかしくなり耳鼻科を紹介してもらおうとしたところ、地元ではなくロンドンの病院を指示され、1日がかりで受診したそうだ。医療システムの不備が想像される。

都市災害としてのパンデミックの制御

 筆者は、首都直下地震による被害軽減の研究を過去10年以上継続してきた。その間に東日本大震災が起こり、熊本地震や西日本豪雨、東日本台風などの災害が発生した。それらについて現地調査を行うとともに、政府、自治体の関係部局に助言を重ねてきた。それらの経験を踏まえ、最後に感染症拡大について端的に対策を示したい。


 それは、感染症による複合災害と連続滝状災害(以後、連滝災害と呼ぶ)の発生を抑制することである。複合災害の発生は、患者クラスター(集団)によるものだ。このクラスター同士をつなげてはいけない。クラスターは、ネットワーク状に感染が拡大する構造のノード(独立した機能を持つ組織)に相当する。よって対策としては、ノードをできるだけ孤立させることである。


 連滝災害は、二次災害、三次災害というようにつぎつぎと新しい被害が発生することを指す。これを阻止するには、ネットワークのエッジを切る(たとえば、鉄道ネットワークの場合、ターミナルと各駅、あるいは駅間の列車運行を停止する)、つまり関係をなくすことである。私たちの社会は各種ネットワークで構成されており、ウイルスもそのネットワークを経由して感染していく。よって、不要不急の外出を控える、人が集まらない、大声でしゃべらないなどは対策の基本となる。どうしても必要な人同士のコミュニケーションや物流のためには、ネットワーク自体をできるだけ小さくし、できるだけ独立性を保たなければならない。便利さを犠牲にせざるを得ないのだ。

インド、中国の対応から考えておきたいこと

 最後に考えておきたいのは、インド政府の感染症に対する先手の対策だ。インドのモディ首相は、まだそれほど感染が拡大していない時点でおよそ13億5000万人の国民に外出禁止令を出した。非常に強い対応で、大混乱が起こったのは当然である。しかし、モディ首相は生物化学兵器の威力を理解していたため、この対応を実施したと想像する。


 筆者は2004年に約23万人が犠牲になったインド洋大津波災害の発生以後、インド洋沿岸諸国にも太平洋津波警報センターと同じような多国間の地震計群と津波計群からなるネットワークシステムを作るプロジェクトを提案した。しかしインド政府に、高感度地震計のネットワークは、核開発のレベルを白日の下にさらすという理由で反対されてしまったのである。


 今回の感染症拡大に際し中国政府が実施した強権的な対策も、その政治体制のみならず、生物化学兵器に用いるウイルスの拡散の威力に関する正確な評価が根底にあると考えなければならない。今回実際に起こった感染症拡大から取得した精度の高い感染過程のデータとAIを駆使すれば、レベルの高い兵器が開発できる。怖いのは核弾頭だけではないのである。感染症対策は、その国の保健衛生水準だけでなく、軍事力にも関係することを忘れてはならない。

河田惠昭(かわた よしあき)

京都大学名誉教授、関西大学社会安全研究センター長。 1946年大阪府生まれ。京都大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。関西大学社会安全学部特別任命教授、人と防災未来センター長を兼務。専門は防災・減災・縮災、危機管理。日本自然災害学会会長や日本災害情報学会会長、東日本大震災復興構想会議委員などを歴任。著書に『これからの防災・減災がわかる本』『津波災害(増補版)』『日本水没』など。
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